次男とおかん

長男が家を出てから
次男が少し穏やかになりました。

中学生後半から
自分の部屋にこもっている時間が
長くなっていて、
不用意に声をかけると、
いつも面倒くさそうで、
どうかすると、
すぐにつっかかることもあった
次男です。

これは明らかに
反抗期だなぁ。
と思って、
あまり刺激しないように、
そっとしていたのですが、
長男がいなくなって、
2人きりになると、
以前と比べて
何かと話しかけてくるように
なりました。

私から声をかけても、
そうそう機嫌が悪いこともなく、
どちらかといえば、
協力的。

これまで、
特にこの2年くらいは、
受験のこともあり、
家にいる時間の長い長男とのほうが、
関わりが長くて、
放っておいたわけでは
ないのですが、
意識が次男に向いていなかったことも
多いように感じていました。

それが、
長男がいなくなり、
私の意識が
次男だけに向いていることが
増えたからかもしれません。

と言って、
私があれこれ
次男に干渉し始めた。
というわけではなく、
ただ次男を意識することが
増えただけなのですが。

子どもが2人以上いると、
同時に子どもたち全員に、
しっかりと意識を向けることは
不可能だと思います。

きょうだいのなかで、
今一番何か問題を抱えていたり、
大事な時期にある人に
親の注意は向いて当然だからです。

それこそ日常の中でも、
親は常に、
日替わりで子どもたちの中の
誰かに焦点を当てて
接しているような気がします。

だから、
注意関心が
向かない子ができてしまうし、
そうなると、
関係性が
ちょっと弱くなることがあるし、
けれどそれはそれで、
仕方のないことなのだろうと
思っています。

きょうだいって、
不思議なほど、
かわりばんこに、
何かしら問題が起きて、
それぞれに注目することが
続きますからね。

1人の問題が
解決したり、落ち着いたころを
見計らったように、
もう1人がこんどは
何かしら問題を
抱えてくる。

そうやって、
いつも親は
あっちを向いたり
こっちを向いたり
していることが
多いんだろうと
思っています。

きょうだいは平等に。
と思っても、
親のからだは一つだし、
持っている時間は
限られているのだから、
完璧に半々の意識を
それぞれに向けることなんて
不可能なんだし、
実際には、
一方に注意が向いていると、
もう一方が手薄になっても
仕方がない。
と思った方がいいのだと
私は考えています。

次男が生まれるまでの
3年間。
長男とは1対1の
関係性が続きましたが、
長男が家を出ていき、
今度は次男と
1対1になる時間。

子どもの年齢は違っても、
親の意識がしっかり向いている。
ということは、
子どもにもちゃんと伝わっているし、
その意識の向け方が、
否定的だったり、
批判的だったりせず、
子どもを子どものままで
受け止める形であれば、
そういう期間は
子どもにとっても大切な時間に
なるのだろうと思います。

もちろん、
高2になり、
少しずつ反抗期からも
卒業してきた。
ということも
あるのかもしれません。

長男もそのくらいから、
少し穏やかに
なりましたし。

とすると、
この先次男が
私の元を離れていくまでの
あと数年は、
とても大切な
親子の時間になるんだろうな。

そう思って、
毎日を大事に過ごそうと
思っています。

子育てができる期間なんて、
自分の長い人生の中で見たら、
ほんのしばらくの間。

それは、
過ぎてしまえば、
もう取り戻すことは
できない時間に
なってしまいます。

その時後悔しないように。

子どもたちがこの先、
いい記憶として
私との時間を
持っていてくれるように。

その記憶が
彼らの生きていく支えのひとつに
なるように。

おかんはいつも
全力で子どもと向き合い、
子どもを信じ、
見守り、
笑い合う時間を積み重ねていこうと
思います。

彼らの記憶の中で、
いつも笑顔で寄り添っていたおかんに
なれるように。

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