子どもを信じて見守る親になる

「子どもを信じて見守ることができない。」

これ、
たくさんお聞きします。


お母さんたちの
気持ちの奥にあるのは、
「信じても本当に大丈夫?」
という、不安な気持ち。

だっていつも、
言うことを聞かないし、
何度言っても
同じことを繰り返していて、
親としていつも
ヒヤヒヤさせられたり、
ドキドキさせられたり、
イライラさせられたり。。。

こんなことで、
信じて見守り、
本人に
任せられるとは
到底思えない。


本音のところは、
こんな感じでは
ありませんか?

おかんも昔は、
相当強く
そう思ってました。

だって本当に、
何をしでかすかわからない。
という不安が
頭から離れなかったのです。

そんな状態の時に、
無理にその不安を
手放せ。
って言ってみても、
そんなこと
できるわけ
ないじゃないですか。

ですよね?


じゃあどうしておかんは、
息子たちに対する
その不安を手放せて、
信じて見守る。
って言いきれるようになったのか?

を今日は書いていきますね。


そもそも、
子どもに対して、
何をしでかすかわからん。
とか、
言うことを聞かない。
とかって感じるとき、
どんな風に子どもを見ているのか?

それは、
自分の価値観、
自分の考えた枠の中で
子どもを判断して、
これはいい、
これはダメ。
って考えているということでは
ありませんか?

たとえばね、
友達とのつき合い方。

学校へ行く、行かないについて。

宿題への取り組み方。

勉強への姿勢。

ゲームやYoutubeへの姿勢。

どれもこれも、
「自分の基準の中」

子どもを判断していないか?

ということです。


自分自身が、
友達とは
広くたくさん
仲良くしていくものだ。

という価値基準を持ち、
その中で生きてきたとすると、
子どもがそうではないだけで、
不安になります。

人間関係が
うまく結べない子なのではないか?

って思っちゃうわけです。


でもね、
友達の定義、
つきあうことの定義、
友達がどのくらいいれば、
自分としてOKなのか。

これ全て、
自分と子どもでは、
全く定義も基準も
違うのです。

つまり、
子どもを判断するのに、
親の考えや基準、価値観に
当てはめて考えるのではなく、
子ども自身の価値観に沿って
見る。

ということが
大事になってくるのです。


じゃあ子ども自身の価値観って
なに?

どうやったらわかるの?

ってことなんですけど、
それは
「子どもに訊く」
こと、
そして
返ってきた答えを
「聴く」
ことでわかるのです。

ココ、やってますか?


子どもに任せてしまったら、
子どもが好き放題するのではないか?

これも同じ。

子どもに確認すればいいのです。

社会一般に言われている
いいこと悪いこと。

やっていいことと
いけないこと。

それをどのくらい子どもが
理解しているのか?

この時の
いいと悪いの区分けは、
親の個人的な考えよりも、
もっと広い
法律に近いルールの中で
考えてくださいね。

大人でそれをやったら、
犯罪なんだよ。
っていうレベルは、
問答無用で
ダメなことに入れていいと
思います。

自分が単に
してほしくないだけ。

それは、
入れない方が
いいですよね。

それこそ、
価値観の押し付け。

なので、
どれがそうなのか。
親もしっかりと
自分の中で「考える」ことが
必要になってきます。


そういう社会のルールについて、
わかっているのかどうか。
ということを
本人に確認するのです。

それを子ども自身が
「わかっている」
し、
「守ろうとしている」
と答えているのなら、
それは子どもに任せて
大丈夫。

ってことです。


子どもを信じて
任せられる親になるには、
「子どものことを、とらえる枠組みが
自分と子ども、どっちにあるのか
気づく」

ことが大事で、
そのためにも、

1.「子どもは子どもの枠組みで見よう」
つまり
子どもを認めよう。

2.子どもにきこう
つまり、
子どものことは
子どもに訊いて、その答えを聴く。

3.子どもに任せよう
つまり、
子どもの目の前に立って、
子どもの歩く道を整備していくのではなく、
子どもの後ろに立って、
子どもの視界に入らないようにして、
子どもがのびのび
子どもの歩きたい道を
歩いていけるように
していく意識を持つ。


嫌じゃないですか?
自分だって。

自分の目の前に、
いつも誰かの姿が
チラチラしていたら。

なんか、
安心して
集中して、
自分のやりたいことが
できなくなる気が
するんですよね~。

え?
もしかして、
これって
おかんだけ??


どうやら
第3波が
やってきてしまったようですね。

改めて、
気を引き締めて、
感染予防を万全に。

でも、
こんな時だからこそ、
今日もまた、
笑って過ごしましょう。

今日もお読みくださり
ありがとうございます。

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