選択権は誰にある?

こんにちは!
ハンサムおかん☆きよみんです。

昨日次男は、
伸び放題だった髪の毛を、
切ってきました。

お友達のお姉さんが
美容師さんらしく、
そこのお店でカットモデルに。

息子たちの髪型については、
おかん全くわからないので、
本人たちに任せっぱなしですが、
放置して切らない子もいれば、
ある日突然
海老蔵さんみたいになって
帰ってくる子もいる。

美容室で切ってもらった
次男のアフターの姿は、
ほんとに今時の子で・・・(笑)
街で出会っても、
おかん、気付かない自信あるかもです。

小さい頃から、
着る服を選んだり、
朝食べるものを選んだり、
できる限り
子どもたち自身に
選ばせてきました。

それは時には
大変だったりも
したのですが、
それよりも、
「自分の求めているものが何か」

自分で知る。
ということを
当たり前のように
してほしかったから。

親からなんでも制限されて、
選択する。
ということをほとんどせずに
大きくなってしまうと、
いざ、自分に選択権を持たされても、
今自分が望んでいるのは何か?
ということが、
自分でわからなくなってしまうことが
あります。

私は、
人の成長の素となるもの、
または、
モチベーションの素となるものは、
「こうなりたい!」
「こうしたい!」
という本人の思いだと
考えています。

そしてそれは、
自分自身の中にしかないもの。

本当に自分が望むものを
自分の中から引っ張り出してくるためには、
その思いに対して、
敏感である必要が
あると思うのです。

だからこそ、
日々できる限り、
「自分は今何を求めているのか?」
と向き合ってほしいと思い、
本人に聞きます。

私の望む答えが
出てくるように聞くのではなく、
彼らがその心の中に問いかけて、
出てきたものを、
そのまま否定せずに
まずは受け止める。

だから朝ごはんも、
毎朝その日の体調は気分によって、
どうしたいかが
変わっていく。

あれもこれも
食べたい日があると思えば、
お腹が空いてないので、
今は食べない。
と言う選択をする日もある。

もちろん、
今家にあるもので、
今ある時間で準備できるものには
限っておりますが、
「今日は何食べる?」
「何にしようかな~」
から始まる会話も楽しめて、
一石二鳥。

無理はしないように
しています。

「明日、髪のセットに時間かかると思うから、
6時半に目覚ましなって
オレが起きてなかったら、起こして。
で、朝ごはんはお茶漬けにするから、
6時半にすぐ食べられるようにしといて」

って
何様やねん(笑)。

「お茶漬け食べたい。」

は否定しませんでしたが、
「おかんも朝はあれこれ忙しいので
ご希望の時間に合わせた準備は
確約はできまへん。
なんならご自分でどうぞ」
とだけは
伝えておきました。
ま、ここまでしっかり
自分の希望を言えたし、
これでいいんですよ。

 

さて、次男は今日、
予定通りに起きて、
ばっちり髪をセットして
出かけられるのでしょうか~?

 

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