子どもの行動を決めるのは・・・・

昨日の夜、
次男がお風呂に入っているとき。

トイレから出てきた長男が
「手を洗いたいのに、
洗面所にカギがかかっていて
入れない」
と私に訴えてきました。

普段はカギなんて
かけずにお風呂に入っているのに、
珍しい。。。

私はすぐに
財布から10円玉を出して、
洗面所に直行。

カギを開けて、
次男に声をかけます。
「○○が手を洗いたいから、
開けたよ!入るよ!」

無事長男が
手を洗いに入れたので、
そのまま私はリビングに
戻りました。

しばらくすると、
洗面所から大声が。

どうやら長男、
洗面所のドアを
開けっ放しで戻ってきたらしい。

しばらくして次男がやってきて、
「閉めへんのやったら、
開けんといてくれる?」

結構ご立腹です。

まぁ確かに、
閉めなかったのは
長男が悪い。

そこは長男も、
ちゃんと誤っていました。

ところがその後、
洗濯物を干そうと
洗面所に行ったら、
洗面所もお風呂場も
電気がつけっぱなし。

「消さへんのやったら、
つけんといてくれる?」

思わず言いたくなる
おかんでした。

自分だって
できてないことが
結構あるわけだから、
いくら家族が相手だからって、
あんまり偉そうには
言えないよね。

小学校も高学年くらいになれば、
親のそういうところ、
子どもはちゃんと
見ています。

自分のことを
棚上げにして、
子どもにあれこれ言っていると、
反発はどんどん
強くなっていくでしょう。

当たり前ですけどね。

だからこそ、
子どもがしていないこと、
できていないことで、
言いたくなったら、
まず自分を振り返ります。

できていないのなら、
言わない。

もし、今の自分はできていても、
子どもと同じ年齢くらいで
できていなければ、
やっぱり言わない。

もしも自分はできていたとしても、
人にはそれぞれ
「できる」に至る
プロセスはいろいろだし、
できなくても困らない人も
いるだろうし、
たいがいのことは、
「できなくてはならない」
ものだとは
もう私は思っていないので、
やっぱり言わないことの方が
多いのです。

言うにしても、
「(お母さんは)○○した方がいいと思うよ」
という
Iメッセージに変えて
伝えています。

そして、
自分もできなかったことや、
できなくて失敗したことなどは、
できなくて苦労したことは、
機会があれば
話すようにしています。

命令して
させるのではなく、
子ども自身が
そこから考え、
自分で自分の行動を
決めていけるように。

子どもの行動を決めるのは、
子ども自身です。
お母さんではありません。

それを子どもができなくて、
自分が恥ずかしい思いを
するからと言って、
強制しても
身に付きはしません。

そもそも、
誰も人のことなんて、
そんなには注目していない(笑)。

人の目が気になるのは、
自分が他人の行動を
あれこれ見ているからであって、
だから人も自分のことを、
いろんな目で見てるんだと
思ってしまう。

実際、見ている人も、
いるでしょうけどね。
でも、自分がどう見られたって、
それで自分の価値が
決まるわけでもないし、
見たい人が見てどう思おうと
自分には関係のないこと。

そんな
誰がどう見ているのか、
わからないことを気にして、
子どもに強制的に
何かをさせる必要が
どこにあるのかと
私は思います。

私は、
時間をかけて
子どもと向き合い、
子どもが自分で考えて
行動できる人に
育てていくために、
あの手この手を
日々考えて実践を続けることで、
手一杯だったので、
人がどう見ているかとか、
気にしている余裕は
ありませんでした。

おかげで
よその子育てと
自分の子育てを
比べることもなく、
自分の子どもだけに注目して、
ここまで来ました。

今振り返ると、
結局はそれで
良かったと思っています。

子育てのしんどさと同時に、
楽しさも
たくさん味わうことが
できましたし、
達成感もたくさん味わいました。

よその子より、
うちの子。
注目して観察してみると、
結構愛らしい人たちだと
思いますよ。

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