失敗して、思い知ればいい

キッチンのカウンター上に、
次男が中学生のとき
学校から持って帰ってきた
観葉植物があります。

最初の頃は、
とても丁寧に
お世話をしていました。

そのうち少し大きくなったので、
一回り大きな鉢に植え替え、
頑張って育てていました。

同級生たちが
どんどん枯らしていく中、
「俺は植物育てるのが好きやねん」
と言いながら、
こまめにお世話をしていました。

高校に入ったころから
お世話が忘れられがちになり、
水がなくてしおれそうになっていると、
私が声をかけては
彼があわてて水をあげる。
というパターンが
多くなってきました。

やがて私も
どんどん忙しくなり、
キッチンカウンターの上にあるにも
かかわらず、
観葉植物が目に入らず過ごすことも
増えてきました。

昨日の夜、
ふと気づくと、
水がなくてしおれていました。

「また水あげるの忘れてるわ。
もうここに置いてることすら
忘れてるんとちゃうか?」

半分独り言のように
私は言いました。

そしてふと、
「このまま完全に枯れてしまったら、
お世話を継続することの大変さを
思い知るのではないか」
と考えたのですが、
まるでその考えを
見透かしたかのように
長男が、
「それはあいつが悪いけど、
だからといってこのまま放置して
枯らさんとってや」
と声をかけてきました。

たしかにこのまま
枯れてしまったら、
次男は「あぁ悪かった」
と思うかもしれませんが、
そうは思わないかもしれない。

「気づいたなら水やっておいてよ」
と私を恨むかもしれないし、
「どうせオレは植物を育てるのが
むいてないんや」
と、
せっかくあった自信が
ひとつなくなってしまうかもしれない。

それに、よく考えれば、
もちろん第一番目には、
自分が世話をしている観葉植物を
枯らしてしまう次男が悪いのかもしれませんが、
知ってて見過ごす私も、
同じくらい観葉植物にとっては
ひどい存在なんだということ。

うっかり
観葉植物にとって
今必要なことが何なのかを
わすれそうになっていた私に
気づかされました。

次男が気付こうがどうしようが、
キッチンに立てば、
目の前にある観葉植物。

それをただ、
枯れていくのを眺めるなんて、
しなくてよかった。

踏みとどまらせてくれた長男に
感謝しつつ、
お水をあげておきました。

子どもに思い知らせようとして、
わざと手を出さずに
放っておくことって
結構あります。

目的が達成される場合も
あるかもしれませんが、
期待通りには
ならないことも多いです。

人の受け止め方ってそれぞれで、
そこで失敗して
学ぶ人もいれば、
学ばず自信を無くす人もいるし、
失敗と気づかずに、
何も変わらない人だっているんです。

思い知らせるために、
何かを失う。
何かがなくなっていくのを
黙って見届ける。

本当にそれでいいのか。

「思い知ればいい」
と思ったときは、
自分に改めて問い直せる余裕、
持っていきたいと思いました。

そして、
次男がまた
その存在を思い出す日が来るまで、
自分の鉢植え同様に
お世話をしていこうと
昨日の夜、決めました。

私は結構ドライなのですが、
長男の優しさに、
気づかされることも多いです。

素直に長男の言葉が
聞ける関係になっていてよかった。

一緒にいる時間が
カウントダウンされている今、
これまでよりしっかりと
長男との関わりを
意識して過ごすように
なってきています。

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