忘れ物という認識

昨日もまた、
「奨学金の書類そっちに置いたままやった」
という焦った電話で、
ひとっ走りしてきたおかんです。

「次にそっちに行くときに持っていくよ」
も、
「じゃあ郵便で送るわ」
も頑として拒否。

すぐに手に入らないと、
不安で落ち着かなくなったみたいで、
その様子が見えたので、
(仕方なく)届けに行きました。

大学のオリエンテーションは
昨日の午前中で終わり、
午後からの健康診断を残すのみ。

なのに、奨学金の申請について、
説明がなかったようで
すごく不安になり、
「もしかしてオレが知らない間に
説明が終わってたのか?」
「もらえなくなったらどうしよう」
などど
あれこれ不安になって、
書類を確認しようとして、
持ってきていないのに気付いた。

ということのようです。

「持っていくわ」
の一言で
少し安心したのか、
オリエンテーション後に
自分で事務局に確認しに行き、
申請時期は4月と6月で、
どこに申請したらいいかも
聞いてきました。

そもそも、
なぜにそんな
重要書類が
まだ家にある??

ってことですが、
いやいや、
こういうことは、
もう数え切れないほど
経験済み。

ナゼ?
がわかれば、
こうはなっていないのだから。

次からは、
もうちょっと書類を整理して、
必要なものは
ひとまとめにしておこうね。

は言えますが、
本人は完全にそうしたつもりだったし、
事実そうしていたのだから、
それを否定するわけには
いきません。

ガミガミ怒るのは、
本人のやる気と自信をなくすだけで、
それ以上の効果はないので、
問題が起こった時は、
淡々とそれに対応し、
「次からはどうすれば、防げる?」
を考えてもらうように
しています。

それも、
考えたからと言って、
次からうまくできる。
という保証はないのです。
何度も同じ失敗を繰り返して、
気長に成長を待って
ここまでやってきました。

他の人から比べれば、
ずい分と遅い成長かもしれませんが、
彼自身の以前と比べると、
格段に成長しているのは
間違いないし、
それならそれでいいのだと
私は思っています。

それが、彼なのだから。

持っていくには
時間とお金がかかること。
送るにも、
手間とお金がかかること。

私には当たり前だと
思えることですが、
彼にとっては
その事実が目に見えないだけに、
言われればわかるけれど、
ピンときていない。
そんな感じです。

だから、
まるで高校に
忘れ物を届けるように、
「持ってきて」
と言ってしまうのだなぁ。
と思って見ています。

そこがわかるには、
まだもうしばらくは、
時間がかかりそうだな。と、
改めて覚悟しました。

かなり成長してきて、
もう昔ほどは
あれこれ手を出さなくても
やっていけるので、
ついつい
そんな特性があるのも
忘れてしまいそうになるのですが、
こんなときに、
ひょこっと
出てくるんですね。

彼は彼で
一生懸命やっているのに、
なぜか手元に
大事なものがない。

なぜそうなるのかが
わからない。

もしかしたら、
妖精とか小人とか、
自分以外の誰かのせいじゃないか。
くらいの感覚なのかもしれません。

だから、
私からすれば
これは大きな忘れ物ですが、
彼にとって
これは忘れ物ではなく、
なぜそうなったのかわからないが、
気づくと家にあったもの。
という認識なのではないかと
思います。

そもそも認識が違うから、
私が私の視点に立って
何かを言っても、
そのまま伝わりはしないのです。

だから、
良かれと思ってするアドバイスも、
彼にとっては、
「そんなことわかってるよ!」
というお節介に聞こえたりするし、
そうされると私は、
「せっかく言ってあげてるのに!」
という気持ちになって、
お互いのコミュニケーションが
うまくいかなくなります。

立ち位置は
人が違えば
違うもの。

それは、
どんなに些細なことであっても、
どんなに自分が
当たり前だと思っていること
であっても、
違うことがある。

ということで、
そういう前提を
自分の中に
持っておいた方が
相手のことは理解しやすいし、
そういう風に
前提を持つことが、
相手をありのままで「認める」
ということに
繋がっていくのだと
私は思っています。

特に
発達の特性が
あればあるほど、
そういうギャップは
いろんなところに
発生します。

「違う」ということは
いけないことでは
ありません。

ただ、「違う」という事実が
あるのみ。

子どもがわざと
親が望む行動や
大多数の人がとる行動を
取らないのではありません。

それぞれ
考え方が違って、
その先の行動が違うのが
当たり前なのです。

急ぎではない
服の忘れ物は
おととい宅配便で発送し、
ないと不安な
大事な書類は
昨日車で配達し、
こんな毎日が
いつまで続くかは
わかりませんが、
それでも少しずつ
これが落ち着いていくと信じて、
今は彼の1人暮らしを
応援しようと思う
おかんでした。

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