それは誰の問題?

人というのは、
「やれ」と言われると、
やりたくなくなる生き物です。

それは、子どもであっても、
親から言われても、
同じ。

特に思春期・反抗期の頃は、
ワケもなく
素直に親の言うことをきくなんて、
嫌だ。
なーんて思ってしまう時期だから、
余計にそうなります。

で、反発して
言うことをきかずに、
自分でも引くに引けなくなったりします(爆)

また、
言うことをきくのは嫌なくせに、
親にはあれこれと
頼みごとを連発します。
そんなときだけ、
やたら機嫌がよくて、
これがまた、腹立たしい(苦笑)。

うちの次男なんかは
全くこのパターン。

それでも
いちいちその態度に
注意したり
イライラしたり、
咎めたりしていたら、
さらに悪循環になり、
お互いがもっと嫌な気分に
なってしまいます。

じゃあおかんはどうしているのか?

やってほしいことについては、
命令はしない。
何気なく、目についたときに、
さらっと1回伝えるだけにする。
ただし、次男は理屈理論の人なので、
なぜそうしてほしいか。
は、伝えておきます。

いつするのか?
は、本人任せです。

ここは、
家族というのは共同生活なのだから、
おかんの思い通りには
ならない部分です。
それは最初から認識しておいたほうが
いいと思います。

言葉をかける目的は、
「すぐにさせること」
ではなく、
「おかんがしてほしいと思っている。」
ということを認識してもらうため。
なのです。
人は、言葉で伝えないと、
わからない生き物。
「察してほしい」
なんて、そもそも全員ができるものでは
ありません。

ただ、やってほしいことを
おかんは次男に伝えますが、
それをしても、
私には何の影響もないことについては、
言いません。

それは、次男の問題だからです。

なので、
共有スペースにまき散らしてある、
次男の服の片付けとか、
共有スペースである、洗面所の
使い方とか、
明日、あるいは今日次男が持っていく予定で、
私が作る予定のお弁当の箱とかについては、
わりとしつこく言います(笑)。

逆に、
子ども部屋の片づけとか、
学校の宿題についてとか、
それ以外の勉強のこととか、
彼の一日の過ごし方とか、
友達付き合いとかについては、
それは次男の問題であって、
私が首を突っ込んで
あれこれ言ったり、
頼まれもしないのに
行動の後押しをすることではないと
考えているから、
言いません。

「そんなに食べ物のゴミを散らかしてたら、
虫が湧くんじゃない?」
とは、
その虫が部屋からでてこないとも
限らないので、
それが嫌で、きっと言います。
なんだったら、
しつこく言うかもしれません。
でも、
部屋に服や教科書を
まき散らしていて、
足の踏み場もない状態であっても、
それで困るのは
私ではないので、
それは言いません。
そもそも次男の部屋を掃除するのは、
私の役目ではないので。

宿題しなさい、
勉強しなさい。
は、言わないけれど、
「自分の進路は自分で決めて、
後悔しないように行動するんだよ。」
とは言いますし、
自分の経験から感じたことなどは、
聞かれればいつでも話します。
聞かれれば、ですけどね。

もちろん、
いくつになっても親が面倒を見てあげることは
不可能だということは、
伝えてあります。
彼は言う前から出ていく気満々ですけど(爆)。

「ごはんができたよ」
は、言いますが、
彼の手が離せなくて
一緒に食卓につけないときは、
私だけで食べ始めます。
食べ終わっても来ないときは、
そのままラップだけして置いておき、
後から来たら、
自分で温めて食べてもらいます。

後片付けが
二度手間にはなりますが、
どうしてもそれが嫌なら、
「食器洗いが終わってから
食べに来た場合、
出した食器は自分で洗う」
というルールにすればいいし、
そうした方が
子どもたちも自分で洗い物が
できるようになるので、
いいと思います。

ただし、
ルールとして決めるのであれば、
必ず守ってもらうまで
手を出さないのが
決めた側のルールです。

自分がルールを守らず、
子どもにだけ
「ルールを守って」
とは言えませんよね。

「あなたがやるのがルールだよ」
と言っているのに、
しばらく子どもがしなければ、
あきらめて親がするのであれば、
それはルールにはなりませんし、
「言われてもしなければ
親がやってくれる。」
と子どもは学ぶことになりますからね。

私は、
彼ができることは、
何かできない事情があったり、
私がそれをしようと思わない限り、
彼自身にやってもらいます。

だから、
お弁当は作ろう。と私が思うから
作っているのであって、
私服のシャツのアイロンがけは、
私がしよう。とは思わないから、
「やって」
と言われれば、
「教えるから自分でしてね」
と言います。

どんなことにおいても、
これは誰がすることなのか、
誰の問題なのか。
は、はっきりさせた方がいいし、
自分の判断で
線引きをしたのであれば、
勝手にその線を越えて
親は行動しないように、
自分で気をつけなければいけないな。
と考えています。

子ども自身の問題について、
あれこれ心配をすることも
あるでしょう。

けれど、
子ども自身が困っていないのなら、
心配をする必要はありませんし、
子どもからすれば、
余計な心配をされること自体が
困ることだと思います。

子どもが困っていないのに、
そのことについて
自分が困っているのであれば、
それは自分自身の問題。

自分の気持ちと向き合い、
なぜそう感じるのか、
なぜそう焦ってくるのか、
なぜ不安が出てくるのか。

自分自身の心に尋ね、
考えていきましょう。

それは、
子どもにぶつけても、
不安やイライラが
解消されるどころか、
余計な一言になり、
さらに親子関係は
ややこしくなります。

黙って見守れる親になり、
本当に子どもが困った時には
しっかり助けられる親になるために、
まずは自分と向き合うこと。

そういう不安やイライラを
感じてしまう自分も、
自分として認めていくこと。

自分の気持ちを頭の中を
整理するために、
おかんのカウンセリングで
お話ししてみませんか?

お試しのカウンセリング、
単発のカウンセリング、
継続のカウンセリング。

状況に合わせて、
お使いくださいね。

 

 

 

 

 

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