自分で気づく

今朝5時半。
お弁当と朝ごはん用の
お米を炊く準備をしていたら、
次男が起きてきました。

自力で起きてきたのは、
夏休み前以来。

私が起こすまで
寝ているパターンのほうが
多いので、
一体いつだったかは
覚えてないくらい。

「おはよう。今日は早いね。」

「うん、昨日夜10時に寝た。
早く寝たら、自力で起きられるんやな。」

「そうやね。」

そして次男は、
ごはんが炊けるまで
シャワーしてくる。

といって洗面所に
向かいました。

ここで、
「だからいつも、
早く寝なさいって言ってるでしょ!」
とか、
「いつもこうだったらいいのに」
とか、
余計なことを言えば、
朝の気分が台無しに
なってしまうでしょう。

だから、余計なことは、言わない。

ただ本人の言葉を
「そうだね」
と、
笑顔で受け止めて聴くだけ。

そうするだけで、
次男は自分で
「早く寝れば、自力で早起きができる」
ということに、
自分で気づけるのです。

大事なのは、
「自分で気づく」
ということ。

おかんに気付かされても、
それは彼の身にはつかないのです。

説教なんて、ムダ。

「あ、おかんが説教してきよった!」

そう思った瞬間、
彼は耳にフタをします。

そうなれば、
そこから先の
おかんの頑張りも思いも、
すべてムダになる。

おかんが説教調で、
「早く寝れば、こうやって起きられるんだから、
これからも早く寝るようにしないと
いけないよ。」
とか言ってれば、
気づくチャンスは失われ、
反発心だけが残るのです。

そこでおかんが、
あとひと言を言う必要なんて、
どこにもないのです。

つい言ってしまう。
のであれば、
しばらくは言わないように我慢して、
勝手に言ってしまうクセを
直すようにしたほうが
いいかもしれませんね。

当然ですが、
今朝は気づかなかったかも
しれません。

それはそれで、
構わないのです。

また次の、
自力で起きることができた日に、
気づけばいいのだから。

今日は気づく日じゃ
なかったってこと。

ただそれだけだから。

今、
このタイミングで、
絶対なんとかしようと
思わないこと。

力を入れても
ロクなことにはなりませんから。

何も言わず、
朝、自力で起きられたことだけを
言葉で伝え、
認めておいたので、
次男はご機嫌で
シャワーをあび、
ゆっくり髪型を整え、
鼻歌を歌いながら
リビングにやってきて、
ニュースを見る。

おかんも
少し手を止めて、
一緒にニュースを見て、
会話が始まる。

昨日の東京の
大雨のニュースから、
Twitterで出ていた、
東京の積乱雲の写真まで
見せてくれましたよ。

穏やかな
気持ちのいい朝を
手に入れることができました。

もしかしたら、
明日はもう
こうならないかもしれない。

再び朝、
「もう起きたら~(怒)!」
をやってるかもしれない。

それはもう、
どうでもいい。

今朝、この時間、
奇跡のように
機嫌良く会話できる朝を
手に入れたから。

「今日朝ごはんなに?」

「ごはんとハムエッグできるよ。」

「じゃあそれで!」

こんな会話が
できるだけで
本当に嬉しいし有難い。

今この瞬間を
大切に、しっかり楽しむこと。

毎日を生きるってことは、
そういうことだと
おかんは思います。

マンガやエッセイで
たくさん楽しませてもらった
さくらももこさんが、
お空に旅立たれました。

まだ53歳。

改めて、
命って、
生きることって、
考えています。

昨年の秋には、
私にコーチングを
教えてくださった
恩人コーチが
49歳で旅立たれました。

お2人とも
同じ病気と闘い、
素晴らしい仕事を成し遂げ、
命を全うされたと思います。

いつまで続くかなんて
誰にもわからない、
自分の命。

だからこそ、
今を真剣に
一生懸命生きよう。

それが、
今まだ生きている
私たちの役目だと思うのです。

ちゃんと、生きよう。
ちゃんと、子どもたちと
一緒の時間を楽しもう。

ご冥福をお祈りいたします。

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