美味しく頂きました

1日学校を休んで、
昨日は登校した次男。

でもまだ本調子では
なかったようで、
お弁当に持っていったおにぎりを、
食べずに持って帰ってきました。

こういうとき、
彼は持って帰ったことを忘れて、
そのまま部屋とかに
放置することが多いのですが、
今回は私が奇跡的に、
「お昼食べられた?」
と聞いたので、
思い出して、
出してきてくれました。

昔は、
子どもの胃の調子より、
自分が作ったものを
食べてもらえないことの
悲しさの方が勝っていて、
あんまりいい顔で
食べなかったお弁当を
受け取ることが
できなかったのですが、
最近はおかんも大人になったので、
食べてもらえなかったおにぎりよりも、
次男の胃の調子の方を
気にかけられるようになりました(ドヤ顔)。

おにぎりは無理だったんだけど、
学食でポテトだけ食べた。
らしいです(笑)。

おかんの感覚なら、
なんで油物のポテトが食べれて、
おにぎりが無理なんじゃい。
ってツッコミそうになりますが、
次男の胃は次男のもの。
おかんの感覚ではないのです。

お米は無理だけど、
ポテトは食べられたんだよね。
少量でも、
何か口にできて、よかった。

持ち帰ったおにぎりは、
おかんが美味しく頂きました。
高校生男子のおにぎりは、
おかんにはボリュームありすぎたわ。
おかんがつくったんだけどさ(苦笑)。

しかも、
最初は食べない。
って言っていた晩ごはんを、
「食べる!」
って言って、
ガッツリ食べたけど(どっちやねん笑)。

食べるってわかってたら、
お昼のおにぎり、
自分で食べてもらったのに。

ま、人の胃なんて、
そんなもんで、
おかんの理解の範疇なんて
超えているもの。
もはや腹も立ちませんわ。

昔は相当怒ってましたよ。
せっかく作ったのに。
っていう気持ちを
ゴリゴリ押しとおして、
いつも食卓が
重い雰囲気(苦笑)。

食べないと許しまへんとか、
つくる人に敬意を払えとか、
世界には飢えている人が
山ほどいるのに、
食べられるアンタたちは
幸せなのよっ!とか、
まー言った言った(鬼か)。

つくったものを
食べてくれない。
イコール
自分のことを認めてもらえない。
ってことでは
ないのです。

当時はそんな気持ちも、
持っていたけれど、
今はそうは思わない。

それって自己承認の
押し付けなんじゃないかなー。

そんなことに
求めるほど、
私って自分を認めてもらってる感、
もってなかったんだろうなー。

って、振り返って思います。
あの時は、
必死だったんだろうな、きっと。

自分を認めてもらう方が勝っていて、
子どもを認める余裕がなかった。
そのくらい、
自己肯定感がなかったのだと
思います。

今は、
自分の体のために、
きちんと整えて作って
自分が食べることが主体で、
そうやって自分が満足しているから、
ついでに家族も
私が自分のために作ったものを
食べたいなら食べてくれることで、
それでいいや。
って思えるようになりました。

食べなきゃ次の食事で
私が食べるだけだから、
もったいなくもないし、
家族のために、
自分の時間と手間を犠牲にして
作っているのではなく、
自分のために、
自分の時間を使って
作っているごはんだから、
自分が美味しく頂ければ、
それで満足。

当時は全く無知だったのですが、
発達障害と診断された長男は、
同時に、HSCでもあったようで、
味覚や触覚も、
とても敏感で、
食べられないものも
多かったのです。

それは次男も似ていて、
知らないものを食べることに
ものすごい警戒心を
持っていましたね。

彼らの世界は、
それほど敏感ではない私には
なかなか理解できるものでは
ありませんでした。

においや味、舌触り、
噛んだ感触など、
ありとあらゆる刺激に対して、
敏感さがあると、
食べることって
結構困難だったりします。

よくありますよね、
生の卵は無理だけど、
ゆで卵は食べられるとか、
塊のチーズは無理だけど、
焼けて溶けたチーズは
食べられるとか、
さほど敏感ではない
私たちだって、
「好み」として、
いろんなタイプを持っているもの。

それが際立っているのが
敏感な子で、
それを無視して食べることを強要するのって、
苦手なモノを
毎回強制的に食べさせられているようなもの。

無理をしすぎると、
食べることに対する興味すら
失くなってしまうかもしれない。

長男はその昔、
ごはんとスーパーのお惣菜の
焼き鳥しか食べられない時期があり、
本当に毎日
ごはんと焼き鳥でした(遠い目)。

でも、
それを出しつつ、
普通につくったものも並べて、
私が美味しそうに食べていたら、
気づくと色々食べられるようになり、
トマト以外のものは
好き嫌いなく食べられるように
なりました。

その後、
メンタル的な理由から、
再び食べることが
辛くはなりましたが、
それも波があって、
食べられるときに
なんか食べれてれば
それでいいと今は思えるようになり、
だから次男が
食べたり食べなかったりでも、
必要以上に気にしたり、
食べさせようとしたりは
しなくなりました。

そうそう、
おとといも、
「食欲がない」
と言って晩ごはんはパスしたけど、
その日のお昼には、
カップ焼きそば食べてたんだよね。
昔なら、
暴れてるよね(爆)。

そんなもんです。
そんなもんでもいいんです。

お母さんが怖い顔でいる食卓よりも、
偏食でも小食でもいいから、
お母さんが笑顔の食卓の思い出を
たくさん作ってあげたいな。

いつか食べられるように
なったときに、
食べたい!
食べよう!
と思って笑顔で食べられるように。

まずはおかんが
いつも美味しく頂こう。

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