休んでもいいよ

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夜中にトイレで倒れた次男は、
リビングのソファーで
朝までぐっすり。

夜には38度を超える熱が
出ていたので、
「今日はどうする?
休んでもいいよ」
と言うと、本人も
「うん、休むわ」
と言っていました。

でも実際に、
体を起こしてみると、
「意外と体が軽いわ」
と言い出し、
「やっぱり学校に行く」
と決断。

その様子を見ていると、
やっぱり
「休む」って言ってる日は、
相当しんどいからなんだな。
とわかりました。

「学校に行く」
とは言ったものの、
1時間目は体育。

さすがにそこまでの
体力は回復していないので、
2時間目から登校する。

と自分なりに考えたようで、
「2時間目に間に合うように、
送ってほしい」
と頼まれました。

昨日は午後から雨の予報。
体調も気になるし、
私も
送っていこうかな。
と思っていたところだったので、
「いいよ」
と返事をしたいところだけれど、
2時間目に合わせるのは、
自分の予定と被るので無理。

それを伝えると、
しばらく考えて、
「じゃあ
1時間目の体育を見学する。
にして、
遅刻していく。」
と計画変更。

すでに、登校時間には
間に合わない状態だったので、
そうなったのですが、
昨日はあくまでも
学校に行く気で
考えていた次男でした。

1学期までは、
「遅刻するなら欠席するわ」
と言い張り、
実際にそうしたことも
何度かあったのですが、
今回は、
遅刻しても登校するという。

彼の中では、
いろんな気持ちの変化も
起こっているようで、
そういう部分も、
見過ごしてしまわないように、
しっかり見ておかないと、
勝手に親の方で
対応を決めて動いてしまいそうだし、
気をつけよう。
と思いました。

学校に行く、行かない。
は、
行く本人である、
子どもの問題。

いつも行かないからといって、
今日も行かないとは
限らないし、
いつも行くからといって、
今日も行くとも限らない。

毎日、
その日の子どもと対話して、
本人が考えて
決めることに耳を傾け、
出来る限り尊重して、
それに対して
私のできることをする。

ただそれの繰り返しです。

そしてそれは、
学校だけではなく、
勉強も、
遊びも、
バイトも、
進路も、
ありとあらゆる
本人の問題について
いえること。

この中の、
どれ一つとっても、
親が勝手に、
あるいは強制的に
させたり押し付けたりしては
いけないこと。

子ども自身がどうしたいのか。
その言葉や思いに、
耳を傾けられる自分を
どこまでも目指していこうと
思います。

もちろん、
本当に大丈夫なのか、
不安を感じることは
あります。

けれど、
どれだけ不安を感じても、
そもそも彼自身の問題であって、
私が何とかできるものではないので、
不安は自分の中で
しっかりと抱えたままで、
「信じて見守る」ことを
いつも選んでいます。

私のすることは、
不安の中に沈み込むよりも、
子どもにとって、
安心できる存在、
いざとなったら
相談できる存在になるために、
今自分にできることを
自分に問いかけ、
行動していくだけ。

子育てとは、
親の仕事とは、
自分の人生を
しっかり自分の力で生きながら、
子どもの人生を
少し離れて見守り、
必要なとき、
子どもに頼られた時に、
すぐ手を差し伸べ、
サポートをすること。

軸は自分の人生を
しっかり生きることにあり、
そのうえで、
着かず離れずの距離で、
必要以上に手をかけず、
子どもの力を信じて
子どもが自分の力で、
生きていくのを
見守り、サポートすること。

子育てをするということは、
自分自身の人生を
しっかりと生きることに
つながります。

あなたは自分の人生を、
しっかり生きていますか?

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