寂しくもないし、後悔もしていない、長男の子育て

もうすぐ
長男が家を出て
1年になります。

最初はいろんなことがあって、
そのたびに
京都まで車を
走らせました。

1週間で
3回ほど走ったこともあり、
もはや通ってる?
くらいに
思っていました。

家にいるときは、
診断されていた
発達障害(ADHD)も
ほとんど落ち着き、
そうではない子と
何ら変わらないのではないか。

ぐらいに思っていたけれど、
いざ1人暮らしをさせてみると、
やっぱり想定外の
困ったことが起こるたびに、
「あぁやっぱり
この子は発達障害なんだな。」
と感じたりもしました。

家にいるときは、
気づかずに
フォローしていたことも
多かったんでしょうね。

一番多かったのは、
持ち物が
あるべき場所になく、
見つからなくなってしまうこと。

記憶をたどって、
なんとか見つけることが
できる場合は、
いいのですが、
よくあるのが、
手に持っているうちに、
他のことに
気を取られてしまって、
気づくともう手にそれがない。
ってとき。

過集中しやすいと同時に、
注意力がほかに散りやすい特性から
よく起こることです。

それ以外の困りごとも、
たいていのことは、
誰にでもよくあること。
で済まされそうな内容ですが、
その起こる頻度が
とても多く、
そのために
日常生活が
スムーズにいきにくかったりする。

それが発達障害の
特性だったりもします。

それでも
なんとか生活に
慣れてきて、
頻繁にはSOSが来なくなり、
自分でなんとか対処できる力も
徐々についていき、
気づけば京都に走ることも、
激減したのでした。

心配は多かったけれど、
ほどよく走れる距離で
1人暮らしの経験ができたことは
本当に良かったと
思っています。

発達障害と一緒に
あわせもっていた
敏感さのために、
周りの音が騒音になり、
結局そこで暮らすのは
しんどくなったので、
今年に入ってからは
信頼できる友人と
街中からは少し離れた
静かな地域で、
マンションの部屋を
シェアして暮らすことに
なりました。

引っ越し前は、
すべきことの多さに、
体調を崩したり、
自分の住んでいた部屋を
自力で片づけられず、
呆然と立ち尽くしていたり、
大事な契約の日を
見事に忘れてすっぽかしたり。

それまで住んでいた部屋の家賃を
勘違いから滞納したり、
必要な退去の書類を
出さなかったりで、
頻繁に大家さんから
私に連絡が来ていたりも
しました。

自分自身で
そんな自分を何とかしようと、
私の知らない間に
心療内科を自分で探し、
受診していたことも
後から聞きました。

本当にいろんなことが
あったけれど、
引っ越して1か月半。
「最近は体調もいい」
と本人が言っています。

春休みで、
おかんの知らない間に、
東京に行ってたりも
しているようです。

長くて短かった、
長男の1年。

彼が家を出てからの、
私と次男の暮らしは、
寂しいよりも
楽さが勝って、
私はそれまでよりも、
自分のやりたいことに
時間を使えるように
なりました。

結局、
振り返ってみたけれど、
一度たりとも
寂しさを感じたことは、
なかったんだなぁ。。。(笑)

これはやっぱり、
元々のおかんの気質なのかも
しれませんが、
過去を懐かしんで、
思い出に浸るよりも、
ひたすら前を見て、
やってくることに
対処しながら、
自分の行きたいほうへ
歩いていくのが
性に合っている気がします。

いずれ次男もまた、
家を出ていくことに
なるのでしょうけれど、
それが寂しいとも
きっと思わない気がします。

それよりも、
子育てから離れた
解放感のほうが大きく、
それからの人生を
楽しむ自信が
あるんだなぁ。

家族のそれぞれが、
違う場所で
それぞれの生活をしていく。

離れていても、
心はつながっていて
いつでも家族で
いつでも親子でいられるし。

一緒にいるときに、
親として
完ぺきに子育てできたかと
言われれば
全くそんなことはなかったけれど、
それでも
その時その時の自分なりに、
精一杯やりきったのは
事実なんだから、
もう悔いはない。

人生と同じで、
子育ても、
二度とやり直しは
ききません。

死ぬときになって
後悔しないように。

子どもが巣立ってから
後悔しないように。

おかんはいつも
そこを基準に、
今を生きています。

あなたはどうですか?

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