謎が解けた!

次男の登園しぶり

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自分の心と向き合う

登園を渋る我が子と、
どう付き合っていくのか。

その部分で、
自分の気持ちを
どこへ向けるのかが
決まったところで、
現実の問題が
消えてなくなるわけでは
ありません。

相変わらず次男は、
毎朝登園を渋るのです。

仕事だって、
遅刻ギリギリだったり、
1時間休を取って
遅れていくことだって
あります。

でも自分の気持ちの
方向性が定まったことで、
イライラから
次男を急き立てたり、
叱ったりすることは
なくなりました。

行くのが嫌だ。
となく我が子に
腹が立ってきて、
怒りをぶつける。

親だって人間。
仕方のない時も、
もちろんあります。

ただ、
子ども本人の立場から
考えてみると、
やっぱりそれは、
とても辛いだろうな。
と感じるのです。

保育園がつらくて、
辛すぎてお腹まで痛くなったり、
最悪熱だって出ます。

それなのに、
お母さんは、
心配して寄り添ってくれるどころか、
怒ったりするのです。

おそらく子どもにとってみれば、
「自分の気持ちなんて
わかってくれないんだ」
って感じていたと
思うのです。

子どもが嫌だ~。
というのと
同じレベルで、
自分自身も、
もう嫌だ~。
って心の中で
叫んでいたのでしょうね。

親歴数年、
当時は親として、
まだまだ未熟だったな。
って
今振り返って思います。

おかんがコーチングに出会うのは、
まだ少し先になります。

さて、
そんなこんなで
1学期を過ごし、
夏休みに突入。

登園渋りのことなんて、
すっかり忘れて、
夏休みを満喫し、
再び登園日。

なんと次男は
あっさりと登園したのでした。

泣かずに、
ゴキゲンで。

これまでの
あれやこれやは、
一体なんだったんだ!

って、
こっちが叫びたくなるくらい、
本当にあっさりと。

そして、
その次の日も、
またその次の日も、
何も問題は起こらず、
次男は元気に登園し続けました。

大きな問題が
一つ解決したので、
相変わらず走り回って、
園での支度に
時間がかかる長男だけが
残っても、
さほど気にならなくなりました。

当時は長男のことを、
発達障害かも。
なんて、
自分自身疑いもしませんでしたし、
保育園の先生から
指摘を受けることもありませんでした。

当時の検診でも、
何も言われなかったので、
ただただ元気な子ども。

そして、
ちょっと繊細な子ども。

だと思って、
見守っていたのでした。

夏休み明けから
何ごともなかったように、
再び楽しい保育園ライフが始まった
次男。

それから半年くらいたったある日、
次男が思い出したように、
話しをしてくれました。

「保育園が嫌だって、
言ってた時ね、
○○くんが、毎朝
ボクの遊んでいるおもちゃを
貸してって言ってきて、
それが嫌だったの」

へぇぇぇぇぇぇぇぇ
そうだったんだぁぁぁぁぁぁ

なんと、
本人自ら
その当時のことを説明してくれて、
あっさり謎が解けた!

当時は、
自分の接し方かもとか、
何かストレスを
私が与えてるんじゃないかとか、
相当心配して
振り返ってたけど。

もちろん、
保育園でのトラブルも、
想定はしていたけれど、
当時次男は、
「それはない」
って否定していたから、
おかんのせいかもって、
かなり不安で
落ち込んで悩みまくってたけど。

ちゃうんかい!(笑)

ま、
その時は、
告げ口みたいで
言えなかったのかも
しれませんしね。

きっと、
朝の異年齢の子たちが
ごっちゃに入っているお部屋の片隅で、
元はと言えば
お友達同士。
まさかそんなことが
そこで起こっているとは、
先生方も
気づくまい。

だから次男は、
言えずに抱えて、
しんどくなって、
「お腹イタイ」に
繋がっていったのだと
思います。

夏休み明けに
すんなり行けたのは、
しばらく期間があいて、
本人も「嫌」の感覚が
薄れていたからかも
しれません。

そして、
当事者同士のやり取りも、
夏休みの前と後では
変わったのかもしれないし、
次男自身の気持ちが変わって、
うまく対応できるように
なっていたのかもしれません。

今となっては推測ですが。

でも、
親があれこれ推測して、
「こうしたら?」
「ああしたら?」
と言ったところで、
実際に保育園に行って、
お友達と向き合うのは、
子ども自身ですからね。

親の想定どおりには
行かないことも多いですし、
親が思っている以上に、
友達関係だって、
繊細で微妙だったり
するかもしれません。

そこを解決するのが
正しいやりかたかどうかすら
わからないのです。

それよりも、
本人の辛い気持ちを
理解し受け止める。
(同調はしなくていいけど)

親がゆったり受け止められるように、
自分自身の気持ちを整理する。

そのまま受け止める覚悟を決める。

必要以上に気にしすぎず、
親は親で、
それまでと同じ生活を続ける。

そして、
時間が過ぎていくのを
待つ。

親も子も、
その間にいろんな成長を
していきますからね。

保育園だって、
学校だって、
何がなんでも
絶対に行かなければならないところでは、
ない。

行くことで、
子どもが幸せになれないのであれば、
根本から考えることも
必要だと思うのです。

行った方が幸せになれると思うのであれば、
行く方に手を尽くすし、
行かない方が幸せになると思うのであれば、
行かなくても過ごせる方法を
考えていきます。

どちらにしても、
絶えず自分の判断が、
偏ったり、
こだわりすぎたり、
「べき」で
ガチガチになっていないかは、
確認していく必要があります。

かといって、
いつもグラグラしているわけにも
いかないので、
心をオープンにしつつ、
自分を信じて
子どもを向き合う姿勢が
大事になってきます。

子どもの
登園渋り、
登校渋りって、
そういう親の基本姿勢を
問われるハードルみたいなものかも
しれませんね。

次男はその後、
小学生になってからも数回、
同じように登校渋りが
ありました。

その時自分の気持ちを
保てたのは、
この保育園時代の経験が
あったからこそ。

そして、
「なんとなくしんどくて」
学校を休みたい気持ちが
今でも
時々出てくる子です。

それでも今高校に行けているのは、
彼なりに、
今は自分にとって、
学校に行くことが必要だと
思っているから。

学校に行かなくちゃいけない。

本当にそうなの?
本当にそれで
子どもは幸せ?

何が正解で
何が不正解かは、
誰にもわかりません。

だからこそ、
考えるし、
考えて行動していきます。

それ自体がまさに、
子育てなんだと
おかんは思っています。

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