今日はしんどいからちょっと休みます

昨日次男は、
朝起こしたら
一瞬起きてきたものの、
「しんどくて、学校に行ける状態じゃない」
「もうちょっと寝てから、遅れて行く」
と言ってきました。

定期的にやってくる、
次男の休みたい病(笑)。

でも、
精神的なものだけではなく、
確かに体も
相当疲れていて、
無理なんだろうな。
って思います。

これが自分のお子さんだった場合、
「ゴールデンウィークが明けて、
まだ数日なのに。」

って言いたくなる人も、
いるかもしれません。

確かに、
学校が休みだったのに、
なぜしんどいのか?
って
思う人は思うでしょう。

でも、
連日バイトに
励んでいたし、
10日間で
再び夜型に戻っていたし、
それを急に元に戻して
しんどかったのかも
しれません。

そうならないように、
気をつけて
連休を過ごさなければ。

は、正論。
確かにそれって、
頭ではわかっているだろうし、
でもそうできなかったんだろうし。

今更そんな、
連休どうだったとか、
あれこれ言ってても
始まらない。

今朝は、
学校へ行けるほどの
体調ではない。

というのが、
本人が訴えている事実
なんですよね。

信じるとか信じないとか、
そういうことではなく、
次男はしんどくて
もうちょっと
横になりたいと思っている。

それでも、
もう少し休んだら、
学校へ行こうとは思っている。

それだけ。

どのくらい体が辛いのか。
なんて、
他人が完全に
わかるわけはなく、
本人が感じていること自体が、
事実なわけですから、
おかんはその言葉を信じて、
次男が言っている説明のまま、
学校には連絡しておきました。

自分の主観を
はさまない。

自分の見た感じで、
子どもを勝手に判断しない。

相手を認めるために、
とても大切なことです。

それをしないということは、
どういうことなのか。

ちょっと想像してみてくださいね。

あなたが体調を崩して、
朝起きることが
できなかったとします。

熱はないけれど、
身体が重だるく、
ちょっと動くのも
辛い状態。

その様子を見た家族が、
それぞれに
言ってきます。

「無理しすぎなんだよ。
もうちょっと普段から
ちゃんと休めばいいのに」

今さら過去のことを
言ったって、
その時は大丈夫だって思って
動いていたんだから、
しょうがない。

なんだか責められているような気がしますよね。

「熱ないんでしょ?
ちょっと頑張れば、
動けるんじゃない?」

熱がなくても、
しんどい時はあります。

そんな経験のない人には
わからないのよ。

それができるなら、
もうやってるって。

なんだか反論したくなりませんか?
あ、しんどくて、
その気力も出てこない・・・

私の体調のことなんて、
誰も気遣ってはくれないし。
わかってはくれないんだ。

って、
さらに気持ちが落ち込み、
しんどくなるかもしれませんね。

「そうか。しんどいんだね。
今日はどうする?」

どのくらいしんどいのかは、
わかってもらえなくても、
私がしんどいということは、
わかってくれている。

そして、
今日これから
どうしたいのかを、
聞いてもらえたら、
自分で決めることができる。

何かを頼むこともできるし、
静かに寝かせておいてもらうことも
できるのです。

相手をありのままで認め、
その意思を尊重するということは、
こういうことだと
おかんは考えています。

私はしんどい時に、
自分がそうしてほしい対応を、
そのまま子どもに対して
しているのです。

学校にいくかどうか、
判断できるのは、
体調が悪い本人自身。

同じしんどさを
体験できないこちらが、
勝手に判断できるものでは
ないということです。

その状態が、
本当かうそかも、
こちらには
わかるわけがないのです。

本当にしんどいのに、
信じてもらえない辛さ。

それは、
とても悲しいことです。

相手が本当に、
心から信じて
心配してくれているとき、
それを踏みにじるようなことは、
できないし、
それがもしも、
仮病だったとしても、
たまには仮病をつかって
休むことだって、
あってもいいと
思うのですよね。

心配してくれる
親には
ちょっと後ろめたさを
感じるかもしれないけれど、
それもまた必要で、
そういう感覚を
持つからこそ、
また元の状態に
戻れるのだと思います。

仮病じゃないかと
疑われたり、
本当だろうが仮病だろうが、
気にかけもせず、
放っておかれたりする。

それは、
自分のことを
認めてもらえていない。
ということですからね。

反発や反抗が
強くなったり、
仮病で休むことに対して、
何も感じなくなったり
していく可能性が
とても強くなります。

たとえ子どもであっても、
その言葉を
きちんと受け止め、
信じて、ゆだねて、見守ること。

親子の信頼関係は、
そういう接し方から
生まれてくると
おかんは思っています。

次男は結局、
一日寝ていたようで、
学校には行きませんでした。

おかんは仕事で
もう出ていたのですが、
昼間何度も、
確認のメッセージは
送っていました。

既読にも
ならなかったけど。

でも
一日寝て
体調は回復したらしく、
もう大丈夫だと
本人は言ってます。

こんな日も、あり。

こういう日があったからといって、
それが不登校に
つながっていくかどうかは、
わかりません。

本人の要因もあるだろうし、
親の接し方の要因も
あるでしょうし。

休み休み
学校へ行くスタイルの子もいれば、
しんどくても休まず、
学校へ行っちゃう子も
いるわけです。

どっちがよくて、
どっちが悪いとかはなく、
どれも
それぞれ
その子らしいということです。

我が家でいえば、
長男は後者で、
次男は前者。

違いはあるけど、
それが長男で、
それが次男。

ただそれだけです。

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