何を求めるか

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昔のおかんは、
子どもにガミガミ
うるさく言う派でした。

なぜ、言うのか。

と言えば、
子どもを信用していないから。

そして、
自分の思うように
してほしいから。

我が子のできていないこと
ばかりを見て、
この子はできない子だという
先入観で
子どもをとらえ、
自分の思うように
行動させて、
自分が納得したいと考えて
いたからです。

今思えば、
ベースの考え方が
とにかく方向違い。

そりゃうまくいくはずが、
なかったのです。

そもそも、
なんで我が子が、
できない子だと
認定していたのか。

それは、
よその子、
しかも
我が子よりも
おかんの望む分野で
「できる子」
と比べていたからです。

実際にいる子の場合もあれば、
おかんの理想の中の、
「子どもとは」
に出てくる子どもの姿で
あったかもしれません。

我が子ではない、
別の子になってほしくて、
そうなるように
頑張っていた。

ってことですね。

つまり、
我が子をありのままで、
認めることをしていなかった。
ということになります。

もっというと、
認めるどころか、
否定ばかりしていたんだと
思います。

今ならわかりますけどね。

子どもがどうなりたいかは、
親が決めるのではなく、
子ども自身が決めること。

親の希望分野において、
「できる子」に
我が子をしていくのではなく、
今目の前の我が子が、
得意なこと、
好きなこと、
過去の我が子よりも
できるようになった部分に
着目して、
子どもの「なりたい」を
引き出す力を
持つ必要が
あったのです。

それができるようになるためには
自分自身の価値観、
自分自身のプライド、
何を持って幸せと感じるか。
という
考え方、
親の役割と共に考える、
親としての在り方、
そういうものを
すべて変えていく必要が
あったのです。

中途半端に、
「変わった」ふりをしていても、
自分の本質がかわらなければ、
それはいつか
はがれてしまいます。

あなたは、
人生において幸せとは、
どういうものを指すか、
考えたことがありますか?

幸せを望んでいるのに、
その幸せと現実との
食い違いにばかり目を向け、
逆に不幸になっていませんか?

今ないものを
手に入れるために、
疲れ、
焦り、
必死になっていませんか?

おかんは、
幸せとは、
今あるものに感謝することから
生まれてくるものだと
考えています。

あくまで
おかん個人の考え方ですが。

今食べられるものより、
食べない方がいいものを
求めて、
不満やイライラを感じると
ダイエットは難しくなる。

今持っているものではなく、
持っていると
よさそうなものばかり
追いかけるから、
家の中にものが増え、
すっきり片付くとは
逆の状態になる。

今の自分の状態を
認められないから、
あれこれと
自分のためになることに手を出し、
結局何をしているのか
わからない状態になる。

それは、
あなたにとって
本当に必要なものなの?

それがないと、
本当に幸せって
感じられないもの?

今一度、
考えてみてくださいね。

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