おかんが子育てコーチになるまで(その5)

前回の続きです。

長男が小学5年生から
6年生になるそのタイミングで、
おかんが仕事をやめた理由。

そこには、
前回書いた、
おかんの夢と、
もうひとつ、
長男の子育てに対する
おかんの想いがありました。

小学4年生で、
ADHDと診断され、
コーチングに出会い、
子育てに実践していくことで、
少しずつ変わり始めた
長男の子育て。

でもまだまだ
おかん自身も落ち着かず、
長男も落ち着かず、
フルタイムで働いていたので、
疲れて思うように、
接することが
できない日も
多かったのは事実です。

小学5年生。

あと1年ちょっとで
中学生になってしまう。

今、小学校でも、
学校という集団の中で
彼がやっていくのは、
いろんな面で
大変だったのに、
中学生になって、
その大変さが増す中で、
上手くやっていけるのか。

特に
うちの学区では、
小学校3つが一つの中学に
通います。

かなりのマンモス中学校だったのですが、
長男の今までを
全く知らない
クラスメート、先生方。

いつも見てくれていた
クラス担任から
教科ごとに変る先生。

今のままでは、
安心して中学に入学させられない。

そんな不安が
とても大きかったのです。

本人が。
というより、
おかん自身が。

もうちょっと
しっかりと長男に関わり、
もう少し安心して
中学入学を見届けたい。

そんな想いも、
ありました。

また、当時は、
仕事に出かけてから、
長男からのSOSの
電話がくるのも
ピークになっていましたし、
とても仕事に集中できる
状態では
ありませんでしたからね。

彼は彼で、
不安定な中で、
頑張っていたのだと
思います。

それでも仕事では、
キャリアが15年を越え、
中堅クラス。

まかされる仕事や責任も、
増えてきます。

応えたいのに
応えられない。

二兎を追う者は一兎をも得ず。

をいつも実感しているような、
どちらも中途半端になって、
ストレスだけが
溜まっていくような、
そんな感覚がありました。

また、
ワンオペ育児も、
体力的に限界が
来ていました。

いつもうっすら
体調不良。

2、3か月に1回は
体調を崩し、
子どものインフルエンザを
もらって寝込んだり、
風邪をこじらせて、
気管支炎や肺炎になり、
でも入院はできないので、
毎日通院して
点滴をしたり・・・

心身ともにボロボロ。

そんな状態でも
あったのです。

どこかでリセットしたい。

長男を安心して
中学に入学させられるように
一度がっつり
関わりたい。

子育てコーチとなって、
たくさんのお母さんを
笑顔にする。という
夢を叶えたい。

それが重なった、
決断でした。

せっかく
国家公務員として
安定して働いていたのに
もったいない。

そんな声も
たくさん聴きました。

でも、
おかんにとっては、
そのキャリアよりも、
子どもとの時間のほうが、
もったいなくて、
大切でした。

小学6年生の1年間は、
二度と過ごせないのだ。

この一年、
自分の仕事の
準備をしながら、
とことん長男と関われる、
心の余裕と
コーチングスキルを身につけ、
思う存分子育てに
取りくみたい。

その想いが勝り、
退職を決断しました。

今から約10年前のことです。

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