今日は何日?

長男は子どもの頃、
今日が何日なのか?
ということが、
いつもよくわかっていない子どもでした。

何日なのか?
がわからないと、
何曜日かも
いまいちわからない。

なのでしょっちゅう
「今日は何日?」
とか
「今日は何曜日?」
とか聞かれてました。

予定をカレンダーに
書き込もうとしても、
今日が何日かが
いつもわからないので、
どこに書き込めばいいかわからない。

なので、
カレンダーをかけておいても、
何の役にも立たないことも、
その時思い知りました。

最初の頃は、
「なんでわからないの?」
と怒っていた
初心者おかん。

けれど、
発達障害という事が分かり、
彼には彼の
感覚や理解の世界があると知り、
それからは毎回、
訊かれたら
普通に「〇日だよ」
「〇曜日だよ」
と返事をするように
なりました。

わからなくても、責めない。

日にちや曜日の感覚が、
持てるということは、
当たり前のことで、
持てない人が
ダメな人なのではない。

わからない人だって、
いるのだ。
ってことです。

なので、
彼に学習机の上に置く時計を
買う時には、
何月何日の表示が出る時計を買いました。

おかげで、
訊かれる回数は
激減しました。

わからなければ
時計を見れば
いいのですからね。

それでも不思議なもので、
土日に間違って
学校に行くことは、
一度もなかったんですよ。

ま、
家族ののんびり具合から、
そうときづいていたのかも
知れませんけどね。

そして彼は、
日にちの感覚とともに、
時間の感覚も
ちょっと不思議です。

いや、
おかんとは違うから、
おかんは不思議に思うだけで、
彼がおかしいわけでは
ないと思いますが。

たとえば、
「〇日の6時にね。」
と言ったときに、
それは朝の6時なのか、
夕方の6時なのかを、
言葉のやり取りや
状況から推測するのが
どうやら苦手なようで、
おかん的にどう考えても、
それは朝ちゃうやろ。
という予定を
「朝の?」
って聞いてきたりします。

今は笑って、
「朝ちゃうやろ」
って言えますが、
これも昔は、
いちいちイラッとすることの
一つでした。

いつもいつも、
当たり前が通用しない。

ということに、
イライラしていた昔のおかん。

あれから、
たくさん学び、
壁にぶち当たり続けました。

そして、
自分が当たり前と思っていることは、
ほぼすべて
当たり前ではなく、
おかん自身の中でのみ
当たり前なのだ。

目の前にいる我が子にすら、
それは通用しないのだ。

という、
半分あきらめ、
半分理解の状態で
今はおります。

そのくらいでいいのです。

なんとかわかるように
しておかないと。

なんてことは、
一切思わなくなりました。

なんとかしないと!

という気持ちの元は、
たどっていくと、
自分自身にあったりします。

そんなことも教育できていない
親と思われたくない。
というね。

別に日付がわからなくたって、
スマホというツールがあれば、
今日が何月何日で
何曜日なのかは、
苦労せずわかる時代。

朝の6時なのか、
夕方の6時なのかは、
わからなければ
確認すればいいし、
多少周りから
ツッコまれたって
間違えて迷惑をかけるよりもまし。

それを笑って
ツッコんでくれるような
人間関係を
周りと築いておけばいい。

そういう人なんだ。
という前提で
生きて行けばいいと
今はおかんも思っています。

発達障害だから
苦労する。

そんな思い込みも、
持つ必要は
ないのかもしれないな。

と思っています。

発達障害も含めて、
1人1人が違う人間であり、
発達障害であろうとなかろうと、
得意なことも
不得意なこともあるのが人間で、
それを全部ひっくるめて、
その人なのですから。

だから、
得意なことは、
得意な人がすればいいし、
その得意で
誰かを助けられたら
それでいい。

得意というのは、
優位ということではないのです。

不得意がない人なんて、
いませんからね。

発達障害の子。
ではなく、
こういうところが得意で、
こういうところが苦手な子。

それだけのくくりで、
本当はいいのだと
おかんは考えているのです。

だから
集団が受け付けられない子は、
集団に無理に馴染まなくてもいい。

それが甘えかどうかは
判断が難しいことも
あるけれど、
本人がそこにいて、
ストレスを感じ続けるのなら、
それは甘えではないと
思います。

やればなんとかできているのなら、
無理強いはしないけれど、
できたりできなかったりでいい。

やろうとしても無理なのだったら、
それは無理なんだ。
という事実でしかないので、
じゃあどうする?
を考えていけばいい。

まわりの
できている人が基準ではなく、
目の前のお子さんが
基準なのですからね。

曜日がわからなくても、
土日をまちがえてないんだから
今はそれでいい。

集団が苦手でも、
別の形でその子らしくいられるのなら、
それでいい。

学校には行けなくても、
楽しく過ごせているのなら、
まずはそれでいい。

究極、
今健康で生きているのなら、
それに勝ることは
何もないのですから。

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