子どもに愛情を注いでいるはずなのに

昨日の続きです。

昨日の記事はこちら

子ども一人一人に
ちゃんと愛情をかけている。

なのに、
子どもにはどうもそれが
伝わっていないようだ。

実はこれ、
ありがちなんですよ。

そして実は、

1人1人に、
できる限りの愛情を
注いでいるつもりなのに、
子どもからはそれを
拒否されているように感じる。

というケースも。

なぜこんなことが
起こるのかというと、
人はそれぞれ
求めている愛情の大きさや、
伝え方が異なるから。
なんです。

そして人は、
自分が思う形や量で判断して、
愛情を注いでいる。
ということ。

本当はそうではなく、
愛情を受ける側の
子ども主体で
伝え方や注ぐ量を
見極めないと、
子どもの方に
不足や過剰が発生すると
いうことです。

人それぞれ、
その人が心の中に持っている、
愛情を入れるためのタンクの
大きさが違うのです。

タンクが小さい人は、
少しの愛情で
満足できます。

けれど、
タンクが大きい人は、
たくさん愛情をもらわないと、
そのタンクは満たされません。

もしも、
小さめのタンクを持ったお母さんが、
自分のタンクを
満たすくらいの愛情を
ちゃんと注いでいたとします。

自分が子どもだったら、
それで十分満足だったのかもしれません。

でも
そのお母さんのお子さんが、
とても大きなタンクをもっていたとしたら。。。。

おそらくお母さんが、
十分だと思うくらいの愛情を
注いでいたとしても、
お子さんからしたら、
全然満たされない。
ということに
なってしまうのです。

タンクの大きさに、
いい悪いはありません。

人それぞれ持っているタンクの
大きさが違う。

という事実だけしか
そこにはないから。

相手を満たす。

ということを考えるためには、
自分のタンクの
大きさを基準にするのではなく、
子どものタンクの
大きさを基準に考えないと、
それはできないことなのです。

子どもは、
自分の持っているタンクが
愛情で満たされてようやく
満足し、
安心し、
落ち着きます。

兄弟であっても、
タンクの大きさは
それぞれ違います。

同じ量の愛情を注ぐことが
平等な子育てでもないと
おかんは考えています。

子ども一人一人に合わせた
愛情の量を注いであげることが、
実は平等な子育てなのだと
いうことです。

愛情自体は
同じであってもね。

そしてもうひとつ。

お母さん自身が
愛情を必要なだけもらえずに
育ってきた場合。

ずっと満たされずに
大きくなってしまったり、
そもそも愛情のかけ方すら
わからなくなっていることも
あるでしょう。

たしかにそれは、
辛いことかもしれません。

けれど、
それを理由に
諦めないでほしいのです。

足りなかった分は、
自分で自分を愛することで、
埋めることはできます。

大人になって、
親と離れていけば、
誰だってもう親からは
そんなに直接の愛情を
受け取ることも
少なくなりますからね。

過去の親の育て方に
文句を言いつつ、
今の自分を大切にすることを
忘れていたら、
自分自身はいつまでたっても
愛情で満たされることは
ないのです。

自分のタンクは
自分で満たす。

自分の機嫌は自分で取る。

今の自分を幸せにできるのは、
周りの人や子どもではなく、
自分自身なのですからね。

そうやって
自分のタンクを満たし、
溢れるくらいにしていけば、
子どもやまわりに
その愛情を注いでいくことは
できるようになりますし、
そうやって、
自分のタンクを満たしてもらうことを
求めずに
愛情を注いでいたら、
そのうち
自分のタンクに
愛情を注ぎこんでくれる人の存在に
気づくことが
できるようになります。

最初に愛情をもらって、
自分のタンクを満たすのではありません。

愛情を注ぐ見返りに、
自分にも愛情をもらおうとするものでも
ありません。

自分で自分のタンクを
しっかり満たしていくのです。

そのために大切なこと。

それは、
自分の気持ちをしっかり受け止め、
自分を大切にすること。

そして、
今自分がここにいることに、
感謝すること。

できるかどうかを
考えるのではなく、
今自分ができることを
一所懸命にやること。

あなたは
あなた自身のタンクを
満たせていますか?

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