「良かれと思って」は、良かれにならない

長男もそうでしたし、
次男は今も、
毎朝の登校前の時間は
特に気を使います。

気をつけていても、
勝手に進んで、
ギリギリになる、
(ように彼らには感じられる)時間。

今日持っていくものは、
たいがい何かひとつかふたつ、
見当たらない
(きっと家には妖精がいるはず)。

持っていこうと思って、
手にしていたものが、
いつのまにやら
どこかに行ってしまっている
(これもまた、別の妖精のせい)。

朝の時間には、
彼らをスムーズに
登校させない罠が
あちこちに仕掛けられているようにも
感じます。

あくまで
彼らの目線になったつもりで、
代弁しているだけで、
おかんにしてみれば、
そりゃそうだよ。
で済む話ですが。

前日からしっかり準備をし、
十分余裕をもって起きてきてたら
こういうことには
ならないのでしょうが、
そこは
もう10年近く言い続けてるけれど、
身についていない。

今の楽しいことに、
時間を使いたい。

面倒くさいことは、
後回し。

そんな気持ちが
原因のようにも
思われます。

特に次男は。

そしてやっぱり、
特性として持っているものも、
要因としては
大きいと感じます。

特に長男は。

頑張って、
少しずつましには
なってきたんだろうけれど、
それでも朝が
スムーズになるほどには、
まだなっていない。

高校時代の彼を
おかんはそんな風に
思いながら見守っていました。

探し物をする原因が、
自分にあるとは
毎回思い当たらず、
まずはおかんや家族から
疑い始めるのが、
いつものパターン。

疑われて、
気分が悪くて、
つい叱ってしまって、
さらにお互い険悪に・・・。

文句を言いつつ
一緒に探すと、
たいがい見つけるのは、おかん。

見つかって、
これでめでたしになって、
学校に急いで行けたら
それでいいのに、
どうしてもそこで、
一言いいたくなるのが、
おかんの癖でした。

絶対さらに荒れるのに。

おかんがあえて
一言いいたくなる、
その気持ちの奥には、
やっぱり、
もうちょっと良くなってほしい。
という思いがあったりするので、
黙っておくのは
難しかった。

荒れるとわかっていても、
一言説教めいた言葉を
いうのをやめられなかった。

良かれと思っていたんだよな。
って今は思える。

最初は気づきもせずに、
無意識で。

何度も繰り返して、
次は頭では
わかっているのに、
口が勝手に。

それをさんざん繰り返し、
自分で自分が
嫌になるくらい
やらかして、
ようやく
「やめよう」
って自分で自分を
止められるようになりました。

簡単にやめられるのなら、
こんな苦労と
たくさんの嫌な思いは
していません。

難しいからこそ、
親も子も、
たくさん失敗して、
たくさん嫌な思いをして、
少しずつ成長してくのだと
思っています。

気づいて、
努力して、
あきらめずに
対応を変えてきたおかげで、
最近の朝は、
少し緊張感はあるものの、
だいたい穏やかです。

完全に穏やか。
は無理だけど(苦笑)。

だって、
息子たちは相変わらず
おかんの斜め上を
いくようなことを
持ってきてくれるから。

これが試練と言わずして
なんという。
ってなもんです。

でもそれも、
楽しめるようになりました。

自分が勝手に良かれと思って
言いたいことを言わない。

どんな問題も、
本人が問題と気づき、
自分で何とかしようと思い、
「どうしたらいいんだろう」
と親に相談したとき、
ようやく親は
その言葉を伝えることを
許されるのだと思います。

それまでは、
「うぐぐぐぐぐ」
と口をかみながら、
見守っていく。

そして、
自分に対して
「どうしたらいいんだろう」
と相談をしてもらえるような
大人になろうと
日々努力する。

実は子育てって、
子どもに向くより、
自分に向き合うことのほうが
多いのかもしれません。

自分と向き合い、
自分を整え、
子どもから信頼される
親になれたとき、
子育てが
大変だけど、楽しい。
になるのだと
思えるようになりました。

そんな感覚を、
子育てコーチング講座を通じて、
たくさんのお母さんに
感じていただきたいのです。

人を育てていくということが、
ものすごく大変で、
けれどその大変さの分だけ
素晴らしい時間なのかということを
実感してほしい。

いつもその気持ちで、
お母さんたちを応援しています。

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