胸を張ってノー勉だと言われても・・・

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先日の中間テストで、
次男の学年は、
ほぼ半数が欠点。

ほぼ全滅という
強者もいたらしく、
先生も頭を抱えているとか。

ちょうど中間テスト前あたりに、
ほとんどの生徒が、
推薦などで、
大学や専門学校への
進学が決まり、
一気に気が緩んだらしいです(苦笑)。

もちろん次男も
その一人。

次男の高校では、
この時期に大学が決まるのは、
珍しいことでもなんでもありません。

そういう進路指導体制の
学校なんだなぁ。
ということです。

進路が決まったおかげで、
今回の中間テストは、
次男も、
「やる気が出ないわぁ」

何度も言ってましたね。

で、
昨日の放課後、
欠点を取った生徒が集められ、
先生からの指導が
あったそうなのですが、
次男レベルの欠点を取った生徒だけで、
教室に入りきらない事態に。

おかげで、
指導されたということすら、
彼らには
何も響いていないという、
先生方にとっては
困った事態となっております。

そんな次男が
持ち帰ってきたのが、
保護者あての、
欠点の内容と、
生徒本人の宣言文と、
親からの一言を書く紙。

それを見るまで
欠点はてっきり
数学だと思っていたら、
「それはちゃんと勉強したから、
点数取れたし」
ということで、
欠点は
古典と英語がいくつか。

「今までこのあたりの教科は、
大丈夫だったのにね。」

というと、

「しゃーないわ。
ノー勉やったし。」


さらっと言う次男。

え?

ほぼ毎日、
前日から
友達が泊まり込みで、
勉強していたはずだけど、
まさかのノー勉を
いくつもやってたとは、
おかんも気づかなかった。

というわけで、
今週中に、
おかんもひと言書いて
出さなくてはいけません。

本人は、
なんか書いとけばいいんでしょ。
というノリだし、
これを書く意味あるのか?
って思えてきます。

先生方には
申し訳ないけど。

そういえば、
おかんも昔、
息子たちに怒って、
「ちゃんとやります」
って一筆書かせたことが、
何度かあるなぁ。

そういうの、
全然
何の役にも
たたないよなぁ。

それって、
書かせる側の
自己満足みたいなものかも
しれないなぁ。
って
ふと思い出しました。

怒っても、
宣言させても、
一方的に押し付けても、
子どものやる気は
出てきません。

それよりも、
子どもの「好き」を
親も一緒になって
伸ばしていく、
その途中にあるものなら、
放っておいても、
子どもは頑張ります。

そういう接し方は、
手間もかかるし、
よく知らない人からは、
「甘い」とか言われたり
するのかもしれないけれど、
その手間を惜しんで、
「やれ」ばかり言って
追い立てていても、
結局は何も変わらないと
思うから、
おかんは今回も、
次男の味方になって、
次男が機嫌よく、
次回の期末テストで
挽回しようと思えるような
接し方を
続けていきます。

そのためには、
親が不安に陥らない。
子どもの気持ちを無視して追い込まない。
子どもを信じる。
ということが大切です。

子どもが勉強しないから、
どうしてもやってしまう。
と、
子どものせいに
しないこと。

やるかやらないかは、
自分自身の問題であり、
子どもとは別問題ですからね。

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