長男の復活と子どものSOS

月曜から始まった、
長男1人での立て直し生活。

水曜日が過ぎる頃には、
あれほどやり取りを
頻繁にしていた
LINEも、
どんどんあっさりしたものに
変化してきました。

あっさり。
というか、
そっけないくらい(苦笑)。

それは、
以前の長男に近いものでした。

それは、
普段に戻りつつあるのか、
おかんに心配をかけまいとして、
頑張っているのかは
わかりません。

けれども、
そういう変化を
しっかり見ていくことで、
おかんがどのくらい
彼に関わった方がいいのか。
という
判断をしていくことが
できます。

本来、
もう20歳を超えた大人ですからね。

いつまでもおかんが
世話を焼く必要は、
ないのです。

自分の力で、
やっていくことが
できる人ですから。

おかんの役割は、
バランスを崩して
SOSを出しているときに、
「彼が必要としている」サポートを
していくことだけ。

なので、
いつも注意深く、
彼を観察して、
何をどこまでサポートするのが
ちょうどいいのか、
確認しながらやっています。

時には
やりすぎて、
ちょっと迷惑そうに
されることもあります。

ちょうどいい加減は、
なかなか見極めるのが
難しいのです。

そしてまた週末が
やってきて、
次の土曜日も、
長男のところに行くという
約束をしていたのですが、
金曜の夜になって、
「明日なんで来るんだっけ?」
と長男から
メールが来ます。

いよいよ
おかんの手助けが
もうそれほど必要ではない。
ということなんだな。

と実感しました。

まだ少し
不安を感じることも
ありますが、
それでも正直
ホッとしました。

それにしても、
何かあった時に、
彼がきちんと
おかんに対して
SOSを出してくれることが
わかったので、
それはとてもよかったと
思っています。

心が傷ついたとき、
自分ではどうにもならないことに
巻き込まれた時、
最悪の状態のなる前に、
人はSOSを出すことが
できます。

それを子どもに、
しっかり教えていくことは
とても大切。

けれどそれと同じくらい
大切なことが、
子どものSOSを
しっかり受け止められる
大人の存在です。

困ったときは、
SOSを出しなさい。

それで本当に
SOSを出した子どもに対して、
「甘えるな」とか、
「こうなったのは、自分の責任でしょ」
などと、
きちんとSOSを出している
本人の気持ちに
寄り添うことなしに、
責めたりしない。

「すぐにまた状況は変わるよ」
「もっといいことがきっとあるよ」

心に寄り添わず、
何の保証もない未来の展望を語り、
大人が逃げたりすると、
子どもはそこにSOSを
伝えることをあきらめてしまいます。

そうなると子どもは、
悪意を持ちながらも
いい顔をして近づいてくる
別の大人のところへ
行こうとしたり、
自分で解決しようとして、
最後には自分で自分を
傷つけることを
選んでしまったりします。

そうなってからでは
遅いのです。

子どもたちが出すSOSの内容は、
何十年も生きてきた大人なら、
自分で解決できるような
ことかもしれませんが、
子どもにとっては、
それは一大事で、
もうどうしていいのか
わからない状態のはず。

それがどんな内容であろうと、
「助けて」と言われたら、
まずは助けるために、
行動してほしい。

自分の先入観で
ではなく、
そのままで
子どもを受け止め
寄り添ってほしい。

そして、
子どもの一番身近にいる
親が
いつも子どもを受け止める存在になり、
家庭が
子どもが一番安心できる場所に
なってほしい。

子どもの事件が起こるたびに、
強く思います。

SOSを出してきた子どもを
受け止めたからと言って、
子どもはひ弱になったりしませんし、
甘える子どもに
なったりもしません。

大切なのは、
子どもをしっかり観察すること。

子どもをそのままで
受け止めること。

そして子どもを
愛すること。

こう書くと、
「私は我が子を愛することができません」
ということを
たまにお聴きします。

また、
「私は親に愛されなかった」
という辛さを
お聴きすることもあります。

それについて、
気づいたことがあるので、
それはまた
明日書いていきますね。

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