子どもには、子どもの事情がある

毎日
朝、次男を起こし、
前日の弁当箱を回収し、
洗って拭いて、
また詰めて持たせる。

結局このパターンが
定着してしまったようです(苦笑)。

もちろん、
帰宅してきた次男の
顔を見ると、
「弁当出して」
と声はかけています。

でも、
出すまでしつこく
言いつづけないし、
無理にカバンをあけることも
しないし、
基本的に
ぎりぎりまでは本人に任せるスタンスなので、
結局朝起きたときに、
出てくるというわけ。

もう、
そのことで責めたりも
していないし、
何なら自分に、
「空の弁当箱の
置き場所をつくらなくていい
循環システムじゃん」
くらいのことを
言い聞かせてます(諦)。

そんなお弁当作りも、
あと1か月ほど。

今週から期末テストが
始まるため、
月曜のみで年内
終了予定だし、
年明けは
1月末の学年末テストまでだと思うと、
ようやくこれで、
長男のときから9年間
作り続けた朝の弁当作りから
解放されます(嬉)。

そんな次男の弁当ですが、
朝出してきたときに、
ちょっとだけ気になることが。

それは、
あと数口分だけ
中身が残っていることが
多いということ。

だいたい、
卵焼き1切れと、
ごはん一口が
残っていることが多いですね。

本人いわく、
「時間がなかった」
らしいのですが。

おかんにしてみれば、
そんなの最後に
口に詰め込んじゃったら
いいじゃん。

って思ってしまうのですけれど、
それはおかんの
勝手な考えであって、
次男には、
次男の事情が
あるのです。

実際
どんな状況の中で、
お弁当を食べているかも
おかんは知りませんからね。

事情を知らない親が
自分の憶測で、
勝手に思うところを
語り
それを子どもに
押し付けてはいけないのです。

唯一救いは、
次男が
「ごめん。時間なかった」
と、
毎回ではないけど、
一応口にしてくれているところ。

おかんからは、
言わせてませんけど。

それは小さい頃から、
食べるものは大事にしなくちゃいけないんだよ。
と教えてきたこと。

そして、
いつも作った人には
感謝と敬意を持つように。
と教えてきたこと。

それをまず自分自身が
実践してきたことからだと
思っています。

今自分がご飯を食べられるのは、
それを生産してくれている人がいて、
それを買ってきてくれる人がいて、
それを調理してくれる人がいるからこそ
ということを、
自分自身もそう思ってきたし、
いろんな機会に
伝えてきたから、
そうやって
食べられなくて、ごめん。
という言葉に
繋がっていると思うのです。

伝えすぎて、
残したお弁当や
食べ残して時間が経ってしまったものを
自分では
罪悪感が大きすぎて捨てられず、
さらに放置してしまうように
なった部分も
ありますが(苦笑)。

食べ残しを
責めるくらいなら、
それを見越して
少し少な目に詰めれば
いいこと。

ちゃんと食べてくる日だって、
たくさんありますからね。

今日は食べる時間が
なかったんだ。

でいいなら、
いつものままでも
いいでしょうし。

毎回
全部食べ切ることを
強制するのは、
いかがなものかと
思います。

お弁当以外のことも
同様です。

我が子であっても、
今日一日どんな様子で過ごしているのかなんて、
把握はできませんからね。

そういうところで、
本人の事情や
本人の説明を無視して、
「このくらいできるはず」
を押し通すから、
「お母さんは自分のことを
わかってくれない」
と子どもは感じ、
信頼しなくなっていくのです。

全部食べてほしいなら、
量を調節してみる。

子どもの事情を受け止めて、
信じてあげられるなら、
そのままで。

どちらにしても、
自分の対応で、
子どもがどう感じるのか。

そこをしっかり考えて、
自分の行動を
決めて行ってくださいね。

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