わたしにできること

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毎朝
その日の記事を書き終えると、
翌日書く記事の
内容を考え始めます。

これまでの
子育ての事や、
たくさんのお母さんたちとの
やり取りの中で、
いつもいくつか
書きたいことが
心に浮かんでくるので、
そこから考えていきます。

昨日ふと浮かんだのは、
我が子や
自分の周りにいる
大切な人が
「もうしにたい」とか
「ぶっ〇してやる」
とかってことを
口にした時、
自分に何ができるのか。
ということでした。

おかん自身は、
その真っただ中にるとき、
誰にも伝えたことは
なかったけれど、
「もうしにたい」
と思うことは
1度だけありました。

今思うと、
心も体も休まってなくて、
疲れ果てていたのです。

その時の私は、
一体どうしてほしかったのか?

それを考えました。

また、
きょうだい喧嘩のはてに、
長男が次男のことを
「ぶっ〇したい」
と言ったことがあります。

その時は、
その言葉の強さに
驚き、動揺して、
それを止めることしか
頭にありませんでした。


けれど今なら
わかることが
あるのです。

「もうしにたい」

しにたいくらい〇〇なんだ。
ということ。

○○には、
その人なりの
感情や状況がはいります。

○○過ぎて、
しにたいくらいなんだと
いうこと。

そして、
そう言っているうちは、
まだすぐには
行動を起こさないのだと
いうこと。

「ぶっ〇したい」
も同じ。

そうしたいくらい
気持ちが〇〇なのだということ。

○○過ぎて、
ぶっ〇したいくらいの
気持ちになっているのだということ。


そんな時に、
こちらにできることは、
「しちゃだめ」
って止めることではなかった。

〇〇という
気持ちをとことん
受け止めて聴いて、
その気持ちに寄り添うことだった。

自分はその時
できていなかったけれど、
そうだったんだな。

気づきました。

いまさらだけど、
もしこれから
息子たちが
その言葉を発したら、
おかんは親として
絶対に寄り添うんだと
心に決めました。


そんなことを
記事に書こうと
まとめつつ、
昨日の午後は、
ビデオ通話で
実家やきょうだいとつないで、
オンライン帰省。

外出自粛になってから
月に2回
続けています。

大切な人たちの
顔を見て、
元気を確認して、
あーだこーだと
普段の近況を話したり、
マスクの見せ合いっこをしたりする
とても大事な時間。

その終わりごろに
ニュースが飛び込んできました。

特に大ファンということではないけれど、
当たり前のように
テレビで見ていた方でした。

おかんは
おかんになってからは、
どんなニュースも
親目線で見てしまいます。

まだまだその先に
可能性はいっぱいあっただろうに。

それを上回る
辛さや悲しみを
抱えていたのかも
しれませんが、
残念だし
悲しい。

心からご冥福をお祈りします。

そして
我が子や身近な人が
苦しんでいるときに、
しっかり寄り添える人に
もっともっとなれるように
学びつづけ、
実践しつづけたいと
改めて思いました。

今日もお読みくださり
ありがとうございました。

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