「違う」とは当たり前のこと

先日
車に乗っていて
信号待ちで止まった時、
前に止まっている車の
ナンバープレートの横に
何か貼ってあるのに
気づきました。

その車は
関東の方の
ナンバープレートでした。

よく見てみると、
「20〇〇年から大阪に
住んでいます」
と書かれていました。

コロナの影響で、
県外ナンバーの車に対する
嫌がらせなどがあると
テレビで報道されていましたから、
その対策を
されていたのでしょうね。

今や、
海外との行き来だけではなく、
転勤やUターンなど、
いろんな事情で、
国内を移動する人は
数え切れないほどいます。

地元ナンバーではなくても、
ここに住んでいる人は
いて当たり前なのだ。

という事実は
意識しておく必要が
ありますよね。

というか、
一個人が
見ず知らずの他人を
他県ナンバーだという理由で、
叩くことが
そもそもどうかしていると
思うのですけれど。

当事者側が
こんなプライベートな内容を、
対策として貼らなければ
いけなくなる日がくるなんて、
なんだか悲しくなりました。


同じようなことは、
発達障害児を育てている中では
結構起こりますよね。

見た目に変わりは
ないように思えるからか、
子どもがかんしゃくを起こしたり、
パニックを起こしても、
その子や親に
非難の目が向けられたり
することがあります。

その子や親が抱える
背景があることに
気づいてもらえない。

それよりも、
みんなと違う行動をしている。
という事実に対して、
厳しくみられることって
結構多いのです。

最近は、
感覚過敏から
マスクをつけられない子どもに対しても、
注意を受けたりすることが
あるようです。

また、
子どもの中には、
マスク姿の人を見ると
怖くなるので、
お母さんもマスクをつけられない。
という事情を
抱えていらっしゃる人だって
います。


人にはそれぞれ
持っている特性や
抱えている事情があり、
みんな同じとは
限らない。

というか、
みんな同じなんて
あり得ない。

思うのです。

同じ。
は、
安心できるものです。

逆に、
違う。
は排除されがち。

本当は
違いの中にこそ、
面白さがあるのにね。

同じで当然。
ではなく、
違って当然。

そもそも立ち位置が
異なります。


人は違って当然なのです。

我が子であっても、
自分とは全く違う、
感覚と思考と行動を
持つ人を
私たちは育てているのです。

親の価値観の中でのみ、
子どもを認めるのではなく、
全く枠のないところで、
子どもそのものの
存在を認めていくこと。

子どもの自己肯定感は
その中で
育っていくと
おかんは考えています。


今日もまた、
笑って過ごせますように。

今日もお読みくださり
ありがとうございました。

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