たま~にあれば、それでいい

昨日は久しぶりに、
晩ごはんを食べる次男と、
話すことができました。

ここ最近は、
夜中とか、
おかんが寝てから
食べることが多かったんですよ。

それに、
食べる以外の時間は、
寝てるか
友達が来てるか、
外出してるかで、
一瞬しか
顔を合わせられない毎日。

うっかり
一緒に暮らしているのを
忘れそうなレベルです(汗)。

しっかり話が
できない時間が続くと、
次男が
何を考えているのか
だんだんわからなく
なってきたりします。

わからないから、
余計なことが
心配になったり
気になったり
するんですよね。

ということは、
子どものことで、
いらない心配を
したくなければ、
きちんとコミュニケーションを
とって、
子どものことを
理解しておくことが
大切なんだ。
ということです。

いくらコミュニケーションを
とったところで、
自分の思い通りに
子どもを動かそうとか、
自分の理想にあてはめて
子どもを育てようとしていたら、
いつまでたっても
心配はなくなりませんからね。

また、
理解しようとして、
根掘り葉掘り、
子どもを詰問するくらい
質問攻めにするのも
どうかと思います。

訊かれる側の立場になって
考えてみたら
わかることですが、
そもそもずっと
訊き続けられるのは、
正直面倒くさいし、
自分って、信用されてないんだな。
と感じることにも
なりますからね。

自分のことを
信用してくれない相手を、
人は信用しません。

それがたとえ
親であってもです。

ま、
質問攻めは、
もはや
対話でも
コミュニケーションでも
ありませんけど。

子どものことを
たくさん知って、
安心して
子どもを信じて応援したかったら、
親は聴き上手を目指すことです。

そして、
信用されるような行動を
していくことです。

そうしたら子どもは、
「話したいこと」を
何でも話してくれます。

それができるようになって初めて、
「こちらが訊いたこと」
に対して
答えてくれるように
なるのです。

昨日の次男の話は、
大学のオープンキャンパス
のことでした。

第一志望の大学と、
第二志望の大学。

どちらも今日、
オープンキャンパスが
開催されるのです。

そして彼は、
どちらにも
参加しておきたい。

入退出自由なので、
あさイチでまず
一か所の大学に行き、
受付で名前を書いて、
しばらくガイダンスを受ける。

そして、
次の大学に移動して、
また受付で名前を書いて、
そこのガイダンスを受ける。

結論を書いてみれば、
それだけのことですが、
自分の頭の中で、
なんとなく考えるより、
おかんに対して話しながら
自分の頭の中を
整理する方が、
より明確に、
今日の行動が
見えてくる。

話す過程で、
オープンキャンパスの
詳細も確認できるし、
移動のための
経路も確認できる。

片方に行くのか、
両方行くのか、
どちらから行くのか、
行った先で
何をするのか。

おかんに話すことで、
どんどん明確になっていきます。

おかんがしていることは、
しっかり「聴き」つつ、
彼がもうちょっと
詳しく考えるために
必要な質問を
投げかけているだけ。

そもそもあなたは、
片方に行きたいのか?
両方に行きたいのか?

とかね。

本人のことなんだから、
どうしたいのか。
の答えは
本人の中にしか
ありません。

両方行きたい!
という答えが出れば、
それを批判するのではなく、
「両方行く」ことを前提に、
じゃあどっちから行く?
とか、
最初の大学には
何時から何時までいる予定?
とか、
朝は何時に家を出るの?
とか、
起きる時間は何時にするの?
とかも、
質問していきます。

どれもこれも、
おかんが知りたいから
訊いているのではなく、
次男が今日の動きを
自分で把握できるように
質問しているだけなんです。

だから質問しても、
「うざいわ。もう放っておいて。」
とか言われたりは、しません。

彼が決めて、
彼が行動することだから、
彼が出した答えに
おかんは一切
口をはさみません。

次男もそれがわかっているから、
安心して
何でも話してくれます。

おそらく、
言いたくないことは、
言ってないと思いますが、
それが彼の判断なのだから、
それでいいと思っています。

すべてを把握するのが
親の役割ではありませんしね。

逆に自分が子どもの立場だったとして、
自分が話していることに、
口を挟まれたり、
いちいち反論されたり、
されたら嫌ですもんね。

こうやって対話ができて、
そこから彼の、
受験に対する想いとか、
明日の行動とか、
今彼が話したいことを
ひとしきり聴いて、
昨日は終わりました。

ここしばらく、
話ができていなくて、
彼の様子が
わからなくなりそうだったのが、
また見えてきて、
安心しましたし、
コーチングやっててよかった。
って改めて感じた
土曜の夜でした。

こんな会話ができる日が、
毎日でなくても
構わない。

たま~にこうやって
話せれば、
それでいい。

子どもたちの成長とともに、
話す機会は
ぐっと減ったけれど、
その分彼らは
自分の力で
考え行動できるように
なっているのだから、
それでいいんだと
思います。

子どもとの対話は、
おかんが知って安心するため
ではなく、
彼らが行動するために、
「聴いて」いるのですからね。

そして、
それができると、
おかんも子どものことがわかって
安心できるのですからね。

この順番が
逆にならないように。

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