それを言っちゃあおしまいよ

次男の大学進学のための、
奨学金の申請書の
下書きの提出が、
今日まででした。

書類はこれまでずっと、
リビングに置いてあり、
次男と顔を合わせるたびに、
「お母さんが書く場所があれば、
確認して言ってね。」

と言っていたのですが、
次男が声をかけてきたのは、
提出締め切り日の
今日の朝(苦笑)。

どうやら
今まで
目も通してなかったらしい。

ある意味すごいなと思う。
いや、褒めてはないけど。

おかんが朝起きて、
「さて今日のメルマガを書こう」
とパソコンの前に
座ったとたんに
起きて部屋から
出てきました。

パソコンは、
手元を見なくても打てるし、
画面は見えるのだけど、
朝イチ申請書類の
細かい字は、
フィフティーオーバーの
おかんには、酷。

日中にしてよ。
と文句を言いつつ、
老眼鏡をかけて
書き込むおかん。

結局30分以上
そちらに時間を
取られてしまいました。

ずっと言いつづけて
いたんですけどね。

前日の夜にも
声をかけていたんですけどね。

本人も、
素直に「わかった」
って言ってたんですけどね。

それでもこうですよ。

長男の時は、
そこまでぎりぎりになって、
朝から書くことには
ならなかったけど、
次男の場合は
いつでもだいたい、こう。

それでは困るから、
早めから声をかけるなど、
自分ができる対策は、
できる限りやっています。

ここから先は、
本人の自己責任。

そう思って、
その先は、
あえて任せています。

任せている以上、
こうなることも、
想定内。

イライラもするし、
文句も言う。

でも、
頼まれたことは、
できる限りやります。

やりながら、
言いたいことは
言いますが、
だからといって、
本人自身を否定したり、
傷つけるようなことは、
言わないようにしています。

もっと早くいってほしい。

こちらの都合も考えてほしい。

などは、
言う言葉ですね。

逆に、

あなたはいつもいいかげんだ。

とか、
あなたはだらしない。

とか、
そんなことしてるから、
いつもダメなんだ。

とかは、
言いません。

いい加減な部分も、
だらしない部分も、
もちろん
あるだろうけれど、
この件や、
今まであったことで、
本人のすべてを
決めつけるようなことは、
言わないように
しています。

それを言ってしまうと、
もう回復の余地は
なくなってしまう。

子どもは
未来までずっと、
その言葉に縛られてしまうのですよ。

次男には、
次男の可能性が
まだあって、
それを信じて
接しているのだから、
今その可能性を
否定するような
決めつけの言葉は
言わないのです。

子どもの可能性を
信じる。

これは、
子育てコーチングを実践するうえで、
なくてはならない
親としての
心のあり方のひとつです。

そして大事なのは、
自分の心が
子どもの可能性を信じることが
できるかどうか。
ではなく、
自分自身が
信じようと思うかどうか。
であり、
どんな状態であっても、
自分自身が
「そう信じよう」
と決めれば、
そうなっていくもの。

逆に、
子どもの現状から安易に、
「だから無理だ。信じることなんてできない」
と思っているうちは、
そうはなりません。

可能性を信じるかどうかは、
今の子どもの状態を
根拠にするからではなく、
自分自身の想いとして、
信じると決めるかどうか。
ですからね。

あなたはお子さんの
無限の可能性を信じますか?

お子さんの日頃の行動からではなく、
自分の心に訊いて、
決めてくださいね。

そうやって
信じているからこそ、
それと矛盾している、
子ども自身の
あり方を傷つけるような言葉は、
言わなくなる。

あり方を傷つけるような言葉は、
怒りにまかせて、
言ってしまうと、
その言葉が
それから一生
子どもを縛っていくことにも
なりかねないのです。

その一言で、
子どもが自信を無くし、
それ以降やる気が出てこなくなることだって、
あるのです。

下手したら、
将来それで
引きこもることにだって
なりうる対応です。

おかんは
そんなこと
したくない。

本人自身にも、
自分にはまだ
可能性があると信じて、
これからも
前を向いて進んでいってほしい。

だから、
どんなことがあっても、
子どもたちの無限の可能性を信じて、
子どもたちのあり方を傷つけるような
言葉は言わないし、
自分自身の無限の可能性も
信じているから、
自分自身を決めつけるようなことも、
言わないようにしています。

さて、
あなたはお子さんの
無限の可能性を
信じていますか?

あなた自身の、
無限の可能性を
信じていますか?

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