天秤とシーソー

初めてのクリニックへ
行った時のことを
彼からLINEで聴きながら
おかんは
これから先の事も、
少し考えていました。

朝、薬を飲んで
一日をスタートさせて、
日中はスッキリと
気分よく過ごせている今。

けれど、
大学を卒業して、
就職したら、
薬の効果が消える前に
帰宅できるかどうかは
わからない。

仕事をしながら、
この先もやっていけるのかどうか。

未知の世界について、
あまりに不安を膨らませるのは、
いいことではない。
と、知っているので、
その時になれば、
その時必要な対応が
取れるのだということも、
自分自身に言い聞かせつつ、
彼はどう思っているのか
訊いてみたくなりました。

「薬を処方されて、
診断が出たりしたら、
例えばだけど、
その診断をもとに、
働き方を考慮してもらえるとか、
可能であれば
障害者手帳を取得するとか、
そういうことは、
考えたことがあるの?」

長男からの返事は
こうでした。

「そういう方法があるのは、
知っている。
けれど、
会社とか、
そういう制度などに
頼りすぎるのは、怖い」

今の彼の答えです。

それがいいとか悪いとか、
どうこう言う気持ちは、
全くありません。

ただただ、
今彼はそう思っているんだ。
ということだけです。

今回こうやって、
2日間夜は京都の
長男宅に走り、
月曜、火曜、水曜と、
頭の中は長男のことでいっぱいでした。

でも我が家には、
まだ高校生の次男がいる。

次男はどうしてた?
と思っておられた方も、
多いと思います。

兄弟を育てていると、
片方に手がかかっている間、
どうしても
もう一人は
すこし手を抜き気味になります。

もちろん、
親として
最低限のことは
していますし、
弁当も作るし、
日常の会話も
普通にしています。

今回の長男の件は、
次男には話していません。

ただ、
「今から京都に行ってくる」
などの連絡は、
きちんとしていましたが。

詳しくは聞かれてませんが、
何かあったのかな。
くらいには
思っていると思います。

こういう時、
兄弟の子育ての
いいバランスってなんだ?
ということも、
あれこれ考えました。

思うのですが、
おかんだって
1人の人間。

持っている時間は24時間しかなく、
それをいつも平等に
2人に振り分けることなんて、
不可能です。

自分自身の仕事もありますしね。

なので、
こういうことがあると、
どうしても片方に
比重が大きくなるのは
仕方がないこと。

例えてみれば、
シーソーみたいに、
大きく揺れて、
片側に傾くイメージです。

でもだからといって、
100%の力を
すべてそこにもっていくことは
しませんし、
できないということも、
わかっています。

長男と会っているとき、
長男とLINEでやり取りしているとき、
1人で考え事をしているときは、
結構長男率が高いです。

けれど、
仕事の時は、
仕事に集中する努力をしますし、
次男がいるときは、
出来る限りの力を
次男に使い、
次男への関心は
きちんと持って、
関わるようには
意識していました。

どんなことがあっても、
プロだから
プロとしての仕事は
しなくちゃいけない。

それは守ろうと思っていました。

できる、できない
ではなく、
自分がしようと思い
そう努力するかどうかの問題です。

そして次男に対しても、
どんな理由があろうとも、
次男の母親でもあるのだから、
そこはきちんと対応してあげたい
と思い、
切り替える努力は
したのです。

比重は長男ですが、
意識はできるだけ
その都度切り替え、
出来る限り次男とも、
しっかり向き合う。

長男がいない時は、
次男と本気で向き合い、
長男のことは引きずらないように、
自分で自分をコントロールする
努力をあきらめない。

今は息子2人が
京都と大阪で、
離れていますから、
それぞれに会っているときは、
おかんの乗っているシーソーは、
どちらかに大きく傾きます。

大きく傾いたりも
するけれど、
軸足がしっかりと
地面に固定されているから、
シーソーはどんなに揺らしても
傾けても、
倒壊することはないのです。

この時の軸足は、
自分は母親として
どうしたいのか。
という想いと、
そうしよう。
という覚悟。

結局どこまで行っても、
彼等を産んだのは自分で、
彼等の保護者として
親としての自覚と責任と覚悟を
もって立っている。

そこがおかんの軸足です。

これがあるから、
倒れることは
ないし、
大きく揺れても
ぐらつくこともないのです。

つり合いのとれた天秤ではなく、
いつも兄弟それぞれに
大きく傾くシーソー。

それは彼らが小さい時から、
いつも意識してきたことです。

兄弟が複数いても、
向き合う気持ちは、
いつも1対1で、
その子に対して全力。

そういうイメージで
やってきました。

それがいいのか悪いのかは
わかりません。

ただ、
自分がそうありたいと願い、
出来る限りそうしてきた。

それだけのことです。

ただ不思議なことに、
1人が何か
大きな問題を抱えているときは、
同時多発的に
もう1人にも
問題が発生する。
ということは
なかったように思います。

片方が決着するのを
見計らったように、
問題が起きることは
よくありましたけど(笑)。

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