懇談の思い出

12月になり、
2学期もあと少し。

小学校や中学校では、
懇談が行われる時期ですよね。

今から7年前の、
長男が中2の時の懇談は、
今だに忘れられない懇談でした。

その時のことは、
子育ての講演などでも、
時々お話を
させていただくのです。

そのくらい、
そこまでがむしゃらに
走ってきた子育てに、
光が見えたのが
この時でした。

中学生の頃は、
毎学期の終わりに、
先生と生徒と親の、
三者懇談があります。

長男も次男も、
この日は朝から
なんとなく
緊張感を漂わせていたものです(笑)。

中2の冬の懇談の日、
そんな日に限って
熱を出す長男。

そう言えば昔から、
長男も次男も、
「なんで今日・・・」
みたいな日に
熱を出すことが
よくありました。

極めつけは、
高校の修学旅行に
行けなかった次男でしょうかね~。

ま、それは置いといて。

懇談当日だったので、
「熱を出して休みます。」
という連絡と合わせて、
担任の先生に、
「今日の懇談どうしましょう?」
とお聞きすると、
「特に問題ないから
お母さんだけでどうぞ。」
というお返事でした。

布団の中にいる長男に、
懇談はおかんだけで行くわ。
と伝えると、
なぜかガッツポーズ・・・。

そこまで喜ぶのか?

とにかく放課後、
指定の時間に
おかんひとりで
教室に向かいました。

思い返すと、
保育園時代は、
懇談のたびに
「マイペースでよく動く子」
と言われてました。

まさかADHDだとは
思ってもいなかったので、
ああそういう子なんだ。
というくらいの
認識でしたけど。

保育園の先生方も、
困っている。
という様子でもなかったので、
元気なんだな。
くらいにしか
思ってもいなかったのですね。

それが小学生になると、
懇談のたびに、
できていないこと、
できない事ばかりを
指摘されるようになり、
2年生から診断を受ける4年生までは、
毎回
「病院に行かれた方が・・・」
「おうちの方でも何とかしてください」
ばかり言われ、
毎回ひたすら
先生に謝っていた記憶があります。

正直
懇談の時期が苦痛でした。

できない事を指摘され、
すみませんと
謝り続けることがなければ、
もうちょっと、
この子はこの子。
という受け止め方も、
できたのかもしれませんが、
言われ続け、
気づくと子どもの側ではなく、
学校の側に立っていた
おかんです。

当時はまだ、
コーチングには
出会っていませんでした。

学校で謝り、
家に帰って子どもに怒り散らかしてました。

それが、
小学4年生で
ADHDと診断され、
小学5年生の秋に
コーチングと出会い、
小学6年生の懇談の時に、
初めて
「本人も頑張りましたが、
お母さんも頑張られましたね」
と先生に言われて、
ちょっと自信が
持てそうな気がして、
そのまま中学に
入学したのでした。

ところが、
中1の懇談で、
遅刻や
提出物の未提出、
授業態度など、
想像以上の指摘を受け、
再びおかんは
自信を失くしそうに
なったのです。

けれどおかんは、
もうコーチングを学ぶ前の
おかんではありませんでした。

先生には、
いろいろご迷惑を
おかけしてすみません。

と謝りましたが、
家に帰って
子どもに怒り散らかすこともなく、
「さあこれからどうしよう?」
と本人と話し合うことが
できたのです。

それでも
すぐに長男の様子が
大きく変化したわけでは
ありません。

ただ、
昔と違って、
おかんが長男に、
ガミガミうるさく言うことがなくなり、
部活の頑張りを
認めることができたあたりから、
努力することに
結果がついてくる。
と本人が気付き始め、
さらに2年生になり、
部活の中で、後輩もでき、
ちょっと自覚ができたのか、
ほんの少しずつ
それこそ、
1ミリずつくらい
変化していったのです。

中2になって
長男がどんな風に
変わったのか。

続きはまた明日
書いていきますね!

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